約 1,975,352 件
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/794.html
前ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある少女のマフラー計画 御坂の寝顔を見ながら、先程までの自分の行動を思い直す。 今思えば自分は相当テンパっていたみたいだ。 一昨日の御坂へのキス未遂後、御坂に連絡が取れなかった。 嫌われてしまったんではないか?そう思うと心穏やかではいられなかった。 後は延々と悪い方へ思考が進み、終いには御坂と会いたくない、などと言う逃げに走ってしまった。 「まったく、俺らしくないよな。」 「ほんとそう思うわ。」 いつの間にか起きたようで、御坂は上条の隣に座っていた。 だがその表情はこわばって、声も震えている。 「アンタってあの手の問題は馬鹿正直に真正面からぶつかってくる人間だと思ってたけど?」 「馬鹿正直ってなあ…、まあ確かにさっきまでの俺はどうかしてたよ。お前と連絡取れなくって、嫌われたかなって焦っちまったんだな。」 「…アンタって意外と肝っ玉小さかったのね。連絡取れなかったのは、ちょっと風邪引いて寝込んでただけよ。」 「そうだったのか…。風邪はもういいのか?」 「もう大丈夫、って話が逸れたけど。…アンタの話聞く限りだと、もう会わないって言うのは、撤回されたと思っていいのよね?」 「ああ、撤回させてくれ。本当におれはどうかしてたよ。ごめんな。」 御坂はその言葉を聞いて安心したのか、大きなため息と共にこわばっていた表情を緩めた。 それと同時に何かを思い出したようにハッ!として顔を赤くする。 「そ、そう言えばアンタ!何よさっきのは!」 「ん?さっきのって?」 「だから、その、私が泣き出したときに…。」 「え、あー。あは、あはははは。あれはですね、体が勝手に動いたというか…。」 「泣いてる女の子を手篭めにしようと、体が勝手に動いたわけね。へー、ふーん。」 「ち、違う!ああするしかお前を落ち着かせられないと・・・!そもそもお前だって抱きついてきたじゃねーか!」 「な!あ、あれは頭の中ぐちゃぐちゃで分けわかんなくって嫌々!そう、嫌々抱きついたのよ! (ああもう何でいつも素直になれないのよ私は!)」 そう、御坂の反応はいつも通りだった。 しかし上条の反応が違った。 御坂が嫌々と言ったのに反応して落ち込んだように顔を暗くした。 「…そうだよな、嫌だよな。好きでもない男に抱きs」 好きでもない男に抱きしめられたくないよな、そう言いかけた上条の体が御坂の視界から消えた。 正確には今の話を聞いていた白井に吹っ飛ばされた。 「お、お、お姉様になにしとんじゃこの若造がァァァァァァァあああああああああああああああああ!!!!」 「え、く、黒子!?」 「昨日お姉様の様子がおかしいからと探してみれば!お姉様、もう大丈夫ですの! お姉様を汚したあの類人猿に黒子が裁きをぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」 「…ってぇー。し、白井!?違う、これは違うんだ!違わないけど違うんだ!だから落ち着いて話を!」 「死ねぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええ!!!!!!」 「不幸だあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」 そう叫んで追いかけっこをする二人はあっという間に御坂の視界から消えていった。 「ちょ、ちょっと!私を置いてくなーーー!!!」 そう叫んだが後の祭りである。 もっとも、叫んだぐらいで止まるわけも無いだろうが。 諦めた御坂は二人が去っていった方向を見ながら、先程上条が見せた表情を思い出す。 自分の言葉を聞いて落ち込んだ、暗い顔。 「なによあんな顔しちゃって……。なんでアンタが悲しそうな顔するのよ…ばか。」 「うう、酷い目にあった…。」 あれからなんとか白井の追跡を振り切り、寮の自室まで帰ってきた。 制服に所々穴が開いているが、奇跡的にケガはしないで済んだようである。 「夕飯遅くなってインデックスの奴怒ってるだろうな…。っていうか元々機嫌直ってないし…。」 一昨日から静かな怒りを纏うインデックスに言い知れぬ恐怖を感じている。 これならまだ噛み付かれた方がマシだ。 このままだと精神が噛み砕かれてしまうかもしれない。 だからと言ってばっくれたら余計に後が怖いので覚悟を決める。 「ただいまー、すまんインデックス今から夕飯作るぞ!」 「あ、とうまおかえりなさい。でももう遅いんだよ!」 「お帰りー、遅かったわね。」 「……なんでお前がここに居るんだよ。」 「とうま、その発言はみことに失礼かも!みことはわざわざ御飯作ってくれたんだよ!」 「アンタ黒子に追いかけられてしばらく帰って来ないと思ったから、わざわざ御飯作りにきてあげたのよ。感謝しなさい。」 「とうまとうま!みことのご飯すっごいおいしいんだよ!特別にとうまの分もあるから早く食べるんだよ!」 「あ、うん。さんきゅー。じゃなくて!なんかお前ら急に仲良くなってない!?」 「あの後ここに来たらインデックスがお腹減った~って倒れててね。それでご飯作ってあげたら懐かれちゃった♪」 「私はみことの事誤解してたんだよ!こんなにおいしいご飯作ってくれるなんて!」 餌付けされたのかよ!と心の中で突っ込む。 それに自分よりもインデックスと仲良く見える事になんだか釈然としない。 「まあ二人が仲良くなってなによりだ。上条さんの心の重荷が一つ減りましたよっと。それじゃお嬢様の料理とやらをいただきましょうかね。」 「ふふん、食べて吠え面かくんじゃないわよ。」 「「ごちそうさまでした。」」 「ねぇ、私の料理、どうだった?」 「想像以上に美味かったよ。正直御坂がこんなに料理上手とは思わなかった。これなら毎日作りにきて欲しいぐらいだ。」 一緒にたべる人が増えるのも良いもんだしな、と付け加える。 たしかに御坂の料理はうまかった。 だがそれ以上に目の前の少女と食卓を囲めるのがなんだか嬉しかった。 「ほ、ほんと!?じゃ、じゃあまた作りに来てあげよっか…?」 「みことの料理ならいつでも大歓迎なんだよ!ね、とうま?」 「けどこれ以上迷惑掛ける訳にもいかないしなー。」 「べ、別に私が好きでやってるからいいの!せっかくインデックスとも仲良くなれたんだから。」 「んーでも悪いし…。」 「じゃあアンタ、私になにか恩返ししなさいよ。っていうかアンタまだこの前の約束だって全然果たして無いじゃない。」 「わりぃそうだったな。分かった何か考えとくよ。」 「素直でよろしい。」 「よかった、またみことの料理が食べられるんだね!」 「ふふ、期待してなさい。それじゃ今日はもう遅いし帰るわね。」 「とうま、ちゃんと美琴を送ってくんだよ。みことに変なことしたら承知しないんだからね!」 「お前御坂への態度変わりすぎだろ…。んじゃ寮の近くまでお送りしますよ姫。」 「はいはいお願いしますね。じゃあねインデックス。」 「ばいばいみこと。」 すっかり暗くなった道を二人で歩く。 静かな道を二人で並んで歩くのも悪くない。 そういえば周りからは俺達はどう見えるのだろう。 恋人、は無い。片やさえない高校生で、片や常盤台のお嬢様。どうみても釣り合わない。 そう思うとなんだか凹んでくる。 (って!なんで俺は落ち込んでるんだよ!しかも自分の妄想で!) 「アンタなに百面相してるのよ…。気持ち悪いわね。」 「き、気持ち悪いって、それはあんまりだろ…。」 「ぷっ、何本気で落ち込んでるのよ。ジョーダンよ。何か考え事?」 「え、えーと…。」 自分達がどう見えるか考えてた、なんて言えるはずも無い。 必死で頭を働かせると、先程の御坂とインデックスの事を思い浮かべた。 「あーそうそう、インデックスとお前の事だよ。なんかあっただろ?明らかに不自然だったぞ。」 「あー、やっぱりわかる?」 「いくらインデックスでも飯だけでああはならんだろ。んで、何があったんだよ?」 「(そういう事には敏感なのよね…。)んー実はね。あの事全部喋っちゃった…。」 「あの事って、ま、まさか!あれ全部しゃべったのか!?」 「し、仕方なかったのよ!なんかあの子の様子がいつもと違って、話さざろう得なかったって言うか…。」 その言葉に上条は頭を抱える。 おそらく帰ったらその事でインデックスから追求されるだろう。 「その事を話したら、意外にもあの子怒らなくってね。正直な人は好きなんだよ、なーんて言われてね。私も毒気抜かれちゃった。」 その時一瞬悲しそうな顔をしたのよね、と心の中で付け加える。 「いいよなーお前らは仲良くなれたから…。そのしわ寄せは全部俺にくるんだからな!お父さんお母さん、先立つ不幸をお許し下さい。」 「自業自得よ。自分の行動を反省して諦めなさい。骨は拾ってやるわよ。」 「不幸だ…。あの時の俺の馬鹿野郎…。」 不幸だ、と口では言っているが内心それほどでも無かった。 一時は御坂と友達でいられなくなると悩んだのに、今ではこうやって軽口をたたきあえる。 それだけで不幸じゃなくなるな、と思った。 「(よくビリビリしてくるけど、根はいい奴だからな。)でも、お前と友達でよかったよ。」 「な、何よ急に!そんなのああ当たり前じゃない!私と友達なんだからもっと感謝すべきよ!」 そういって顔を逸らす御坂を見て苦笑する。 「( いつまでもこうしてられたらいいのにな…。)…っと、もう寮の近くか。」 「あ、うん。それじゃあ後は黒子に迎えに来てもらうから。ありがとね。」 「ああ、分かった。…、なあ御坂。」 「なに?どうかしたの?」 「えー、あー、いや、なんというか。」 「何よ、はっきりしないわね。」 呼び止めたものの、特にコレといって何か有るわけでもない。 なんで呼び止めてしまったのか、上条自身よくわからなかった。 「(えーと、なにか話題を…。)そ、そうだ。恩返しの事だよ!」 「ああ、その事?焦んなくていいわよ。アンタの甲斐性にはあんまり期待してないし。」 「それはさすがに上条さんも傷つくんですが…。それで、次の日曜日空いてるか…?」 「へ?なんで?」 「その日一日付き合って、お前に少しでも恩返ししようかなーと。うん。」 これは恩返しだから、他意はないから。 そう自分に言い訳をする。 「俺にできる事なんてそれぐらいだしな。こういうのじゃ、ダメか?」 不安そうな表情で御坂を見る。 (これってもしかしなくてもデートの誘いよね!こいつからなんて信じられないけど、夢じゃないわよね!?) 「だ、ダメだじゃない!けどこれってもしかして、・・・デ、デ、デ、デートの、お誘い…?」 おそらくデートだろうとは思うが、なんといっても相手は上条だ。油断はできない。 流行る気持ちを抑え恐る恐る聞いてみる。 「一応、そういうことになるか、な?じゃ、じゃあ、またあとで連絡するから、またな!」 上条は落ち着かない様子でそそくさと立ち去ろうとする。 「ま、まって!」 「どうした?…やっぱ、だめか?」 「ううん、そうじゃなくて……日曜日、楽しみにしてるから………。」 消え入りそうな声だったがなんとか上条の耳に届いた。 楽しみにしている。 その言葉に自然と笑顔になる。 「お、おう!任せとけ!日曜日は楽しませてやるからな。それじゃまたな。」 「あ、うん、またね…。」 そのまま上条は足早に去っていった後、御坂はしばらくその場に立ち尽くしていた。 上条からのまさかのお誘い。 現実感が無くて体がふわふわしているように感じる。 (これって、夢じゃないわよね。私も素直になれてたと思うし。なんか話が上手すぎて怖いなぁ…。でも、アイツとデートかぁ…。えへへ。) その後ぼーっとした頭で日曜日のことを考え続けていた。 しばらくして我に帰り白井に迎えを頼んだが、にやけたままの顔だったため、白井から執拗な追求を受けるのであった。 御坂と別れた後うかれていた上条であったが、自室の前まで戻ってきたところで、自分の危機を思い出す。 御坂とのここ数日のことがインデックスにすべてバレてしまった。 どうやってご機嫌を取るべきか。 食べ物は無理。自分より料理の上手い御坂に餌付けされている。 他に方法はないか? 「うん、ないな。さようなら俺の人生、不幸だけどそれなりに楽しかったぜ。」 そうすべてを悟った顔で扉を開ける。 「ただいまー。」 「…おかえりとうま。ちょっと話があるからそこに座って。」 すわ来たぞ。 だが悟りを開いた上条に恐怖はなかった。 諦めたとも言う。 「うむ。さあ何でも聞きたまへ。今の上条さんは何でも答えますよ。」 「?へんなとうま。でも丁度よかった。これは大事な話だから、良く考えて、真剣に答えて欲しいんだよ。」 いつになく真剣な眼差しのインデックス。 その様子に上条は気圧されそうになる。 「単刀直入に聞くよ。とうまは、みことの事が好きなの?」 「………………………はい?」 (おかしいな、聞き間違えか?俺は悟りを開いたはずなのに、インデックの言葉が理解できないぞ?) 「えーと、インデックスさん?よく意味が分からないのですが?」 「とうま、私は真剣に答えてって言ったよね?」 「いや、だって。何言ってるんだよ、俺が、え?御坂を好きって?はは、そんなわけ…。」 それ以上言葉を続けられなかった。 御坂美琴は大切な友達だ。 傷つけたくない、守るべき存在。 だがそれだけだろうか? わからない。自分の心が分からない。 「俺、は…。」 「……さっきね、とうまとみことが一緒にごはん食べてたとき、とうまはすごい嬉しそうだったよ。」 「それは、御坂の料理が美味かったから…。」 「本当にそれだけ?」 「……よく、わかんねー。」 「…もう一度聞くね、とうまはみことといると嬉しい?」 その問を受けて考える。 たしかにあの時、食事を抜きにしても、彼女と居られることは嬉しいかった気がする。 「ああ。そうかもしれない。」 「とうまは、みことともっと仲良くなりたい?」 「…たぶん、そうかもな。実はさっきインデックスと御坂が仲良くしてるの見て、少し羨ましかった。」 「とうまは、みことの事が好き?」 「ああ…。」 ああ、そうか。 彼女を傷つけたくなかったのも。 泣いている時抱きしめたのも。 一緒にいて嬉しかったのも。 恋人に見えそうも無くてがっかりしたのも。 「そっか、俺、御坂が好きだったんだな………。」 インデックスはその言葉に一瞬だけ顔を曇らせる。 だがすぐに優しい表情を浮かべる。 その表情の変化に上条は気づくことができなかった。 「ふふ、とうまはやっぱり馬鹿なんだね。やっと自分の気持が分かるなんて。とうまはやっぱりとうまなんだよ。」 よしよしと上条の頭を撫でる。 「ああほんと馬鹿で情けねーよな、インデックスに気付かされるなんて。」 自分のことも気付けないなんてな、と呆れたように苦笑する。 「とうまの事は誰よりもよく見てるんだよ。最近みことの話しばっかりしてたしね。」 「そ、そうだったか?でも、インデックスが居なかったら、俺はずっと自分の気持に気付けなかったかもな。インデックス…ありがとう。」 「お礼はいらないんだよ。とうまにはいっぱい助けてもらったからね。だからちょっと恩返ししただけなんだよ。」 「そっか。はは、自分のこと不幸不幸って思ったけど、ぜんぜんそんな事無かったな。こんないい友達を持って、俺は幸せだよ。」 「これぐらいの幸せで満足しちゃだめなんだよ。明日からがんばって、みことを振り向かせるんだよ!」 「それが難しことなんだけどな…。まあなるようにしかならないし、当たって砕けてみるか。」 「みこともとうまの事は嫌いじゃないと思うんだよ。だからとうま、がんばってね。それじゃもう私は寝るんだよ。おやすみとうま。」 そういってインデックスはベッドに潜り込む。 「おやすみ。俺は風呂でも入ってくるかなー。」 上条が風呂に入ったことを確認してから、インデックスはひとり呟く。 「とうま、みことと、幸せになってね。恋人になれたら私は邪魔になっちゃうけど、それまではここに居させてね。」 言い終わると我慢していた涙を流す。 彼が出てくるまでに涙を流し尽くそう。 絶対に自分が泣いているのを悟られてはならない。 誰よりも大好きな彼のために。 声を出さず一人泣いた。 前ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある少女のマフラー計画
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/2372.html
前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/クリスマス狂想曲 12月23日 ――――――――― 佐天「ひゅふっ!?」/// 美琴「なっ!?な!?何を言っちゃってるのアンタ!!」カァッ 上条「また呼び方戻ってるぞ。美琴」 美琴「う、あ、と、当麻」/// 佐天「ど、ど、ど、どうしよう初春。ラブラブカップルが目の前にいる!!」 予想外の展開に慌てている少女を見て、頭に花飾りをつけた少女はすばやくその腕を掴む。 初春「じゃ、じゃあ御坂さん!私たちこれで失礼しますっ!お邪魔しました!!」 美琴「え?あ、うん」 佐天「え?初春?なに言って…てか危ないから引っ張らないで!!ねえ、うーいーはーるー…」ジタバタ 美琴「行っちゃった」(ちゃんと紹介したかったんだけどな) 上条「いやーテンション高かったなー」 美琴「あはは。佐天さん、スイッチ入っちゃうと止まらないから」 上条「まあでも、あの子のおかげで、また名前で呼んでもらえたからよしとするか」 美琴「あ、そういえば…さ」/// 上条「ん?」 美琴「さっき『相思相愛』って…」/// 上条「ま、まーな。ま、間違ってないだろ?」/// 美琴「…うん」/// なんとも形容し難い空気が二人を包み込む。それはそれで心地いいのだが、先に雰囲気に負けたのは少年の方だった。 上条「…あー、指輪ってあっちの方か?」 美琴「うん。いこっか」 上条「ああ」 ――ショーケースを覗きながらコイツ―当麻―と手を繋いで歩く。たったそれだけのことなのに、凄く楽しくて、嬉しい。 昨日までのわたしだったら、手を繋いだまま佐天さんや初春さんに声をかけようなんて夢にも思わなかっただろう。 でも、今はコイツと一緒にいるのを隠そうとは思わない。 上条「んー。結構ゴツイのが多いな」 美琴「基本的にファッションリングだからね」 上条「俺は普段着けていても邪魔にならないようなシンプルなのがいいと思っているんですけど」 美琴「え?ずっと着けているつもりなの?」 上条「ペアリングってそういうものじゃないの?」 美琴「ゴメン、常盤台ってそういうの厳しいから、普段着けるのは難しいと思う」 上条「…なあ、その、正当な理由があれば着けることは可能か?」 美琴「指輪を着ける正当な理由なんて…」 どくん。と胸が高鳴った。 上条「…婚約指輪とか」/// 美琴「ア、アンタ、なに言ってるの!?」カァッ 上条「さっき言っただろ?独占欲強いって」 美琴「…まあ、正式なものならいいかもしれないけど、中学生でそんなものしてる子いないわよ」/// 上条「そうか。…じゃあ、ペアネックレスとかにする?ネックレスなら隠れるだろ?」 美琴「…やだ」 上条「へ?」 美琴「ペアなら指輪がいい」 上条「でも、いつも着けてられないんだろ?」 美琴「…当麻とお揃いなら指輪がいい」 言いながら、わたしも彼に負けず劣らず独占欲が強いことを自覚した。 同時に携帯を取り出して、ある番号に電話をかける。 美琴「わたしも独占欲強いからね。…覚悟して」 上条「へ?」 コール音が途切れ、相手が電話に出る。わたしは大きく息を吸って話し始めた。 美琴「あ、ママ。ちょっといい?」 上条(なぜ美鈴さん!?) 美鈴『いきなりなーに?美琴ちゃん。ママ、昨日飲みすぎちゃって眠いんだけど』フアー 美琴「典型的な馬鹿大学生ね。…まあいいわ。あのさ、大覇星祭のときに会った人、覚えてる?」 美鈴『美琴ちゃんがいじめる。っていうか、大覇星祭のときに会った人って白い修道服の女の子かなー?』 美琴「違う、男の方」 美鈴『あー、詩菜さんの旦那様』 美琴「わざとか?わざとね!わざとなのねこのヤロー!!」 美鈴『うふふ。美琴ちゃんってからかいがいがあるから。で、上条当麻君がどうしたの?』 少女は少年に視線を向ける。 ――さあ、覚悟しなさい。 美琴「彼に、プロポーズされた」 上条「んなっ!?」/// 美鈴『え?美琴ちゃん?今なんて?』 美琴「だーかーらー、プロポーズされたの。それで、ママの了解を貰おうと思って」 美鈴『りょ、了解って?どういうことなの?』 美琴「婚約したい。――当麻と」/// 美鈴『うっわー。ママの予想をはるかに超えていたわー。やるわね、美琴ちゃん。ママ、すっかり目が覚めちゃった♪』 美琴「茶化さないで!真剣なんだから」 美鈴『…上条君はそこにいるの?』 美琴「うん」 美鈴『代わりなさい』 美琴「…代わってって」ケイタイ サシダス 上条「わかった。…代わりました上条です」 美鈴『いやーん!!上条君!美琴ちゃんになにしたの?ナニしちゃったの?奪っちゃったの!?』 上条「まだ何もしてねええええ!!いきなりなんなんですか!そのノリは!?」 美琴「!」ビクッ 美鈴『やだなあ、婚約したいなんて美琴ちゃんが言ってるから、全部済ませちゃったのかなーって。で、で、…避妊はちゃんとしたの?』 上条「まだ何もしてませんってば!!」 美鈴『それなのに婚約って、気が早すぎない?もし相性悪かったらどうするのよ』 上条「あ、いや、その。なんて言いましょうか、その、そういうのって美琴さんとしか考えられないので、約束手形が欲しいといいますかなんといいましょうか…」 美琴(わたしとしか考えられないってなに言ってるのよ)/// 美鈴『うーん。弱いわね。一時の気の迷いじゃないの』 上条「それはないです。俺は、…美琴を俺のすべてをかけて守りたい。…決して一時の気の迷いなんかではないです」 美琴「…」/// 美鈴『美琴ちゃんを、愛してる?』 上条「…はい」/// 美鈴『じゃあ、美琴ちゃんにわかるように言葉にして』 上条「…上条当麻は、御坂美琴を、愛しています」/// 美琴「ふぇっ!!」(あ、あ、あ、あい、あい、あい、あい…)/// 美鈴『…また清清しいまでに言い切ったわね。上条君。美鈴さんの負けだわ。…美琴ちゃんをよろしく。代わってくれる?』 上条「…」ケイタイ サシダス 美琴「あい、あい、あい…」ニヘラー 上条「美琴!電話」/// 美琴「ひゃいっ!?も、もしもし」/// 美鈴『美琴ちゃんはどうなの?上条君を、愛してる?』 美琴「…うん」/// 美鈴『じゃあ、上条君にわかるように言ってみなさい』 美琴「御坂美琴は、上条当麻を、世界中の誰よりも、一番愛してる!!」/// 上条「!!」/// 美鈴『見事に言い切ったわねー。美琴ちゃん。いいわ。認めてあげる』 美琴「ありがとう、ママ」 美鈴『いきなり婚約なんて言って、いかにもどこかの店内から電話してくるってことは、指輪でも買ってもらうのかしら?若いっていいわねー』 美琴「へ?なんでわかったの?」 美鈴『落ち着いた音楽と喧騒が聞こえてくるし、学校で指輪をつけていても咎められない理由が欲しいんでしょ?』 美琴「う、うん」/// 美鈴『じゃ、学校には連絡しておくわ。美鈴さん公認の許婚ができたってね』 美琴「…」/// 美鈴『とりあえず、結婚できる歳まではエッチしちゃ駄目よー』 美琴「なっ!なに言ってるのよ!!」/// 美鈴『まあ、若いふたりは耐えるのは難しいかもしれないわね。じゃあ避妊だけはしっかりすること!ゴムよりも学園都市製経口避妊薬の方が確実よ』 美琴「アンタ中学生の娘になに吹き込んどるんじゃあああ!!」/// 美鈴『あはは。じゃあ、近いうちにみんなで会いましょうねー。バイバーイ』 通話を終えて携帯電話をポケットに入れる。それから辺りを見回して胸を撫で下ろした。 美琴「ママが電話で『人の喧騒が聞こえる』とか言うから焦っちゃったわ。悪目立ちしてなかったみたいね」 上条「あんまり人いなくて助かったな」 少女はもう一度辺りを見回してから、頭を少年の肩に預ける。 上条「み、美琴?」/// 美琴「嬉しかった。ちゃんとママに言ってくれて」 上条「俺も、嬉しかった」 美琴「…」ギュッ 上条「…」ギュッ 美琴(なんか、幸せ…) 上条「…なあ、あれなんて、どうだ?」 そう言って少年はシンプルなメタルリングを指差した。光の加減でうっすらと青みがかって見えるプレーンリング。 上条「あ、すみません。そこのペアリング、見せてもらってもいいですか?」 店員を呼び、ショーケース内の指輪を出してもらい、それぞれ左手の薬指に嵌めてみる。 上条「あ…」 美琴「うそ…」 その指輪は、まるであつらえたかのように、お互いの指にぴったりと納まった。 上条「ヤバイ、なんか運命的なものを感じる」 美琴「うん、凄い馴染んでる感じ」 上条「じゃあ、これください。あ、このまま着けてってもいいですか?」 店員「ええ、構いませんよ。タグの紐を切らせていただきますね」ニコッ 上条「ありがとうございます」 店員「いえいえ。彼女さんも…はい、これでいいですよ」ニコッ 美琴「あ、ありがとうございます」 店員「いえいえ。はい、じゃあ確かに頂きます。ありがとうございました」 手を繋いで店を出る。少女は自分の左手を広げて指輪を眺めながら微笑を浮かべていた。 美琴「許婚、か」ニヘラー 上条「俺も親に電話しないといけないなあ」 美琴「…今、かけちゃう?」 上条「…そうだな。じゃ、階段のところまで行こうか」 美琴「うん」 ――引っ張ってくれる手に、さっきまでは無かった硬いものの感触があって、それが心地良かった。 階段のベンチに並んで腰を下ろすと、彼が携帯電話の通話ボタンを押した。 上条「もしもし」 詩菜『あら、当麻さん。珍しいわね?どうしたの?』 上条「いや、えーっと、なんといいましょうか…。母上様、驚かずに聞いていただきたいのですけれども」 詩菜『当麻さん…まさか女の子を孕ませてしまったとかじゃないでしょうね?』 上条「…アンタ自分の息子をどんな目で見てるんだコラ!」 詩菜『だって当麻さん、刀夜さんと同じでいつの間にか女の子と一緒にいることが多いんじゃないのかしら?うふふ』 上条「最後の笑い怖いよ!それにそんなことないですから!」 詩菜『自覚しないと、そのうち酷い目に会うわよ』 上条「だーかーらー、何でそういう話になってるんですか!?じゃなくって、俺は真面目な話があるんだ」 詩菜『なにかしら?』 上条「大覇星祭で会った人、覚えてる?」 詩菜『美鈴さん?』 上条「の娘さん。御坂美琴」 詩菜『ええ、覚えていますよ。彼女が何か?』 上条「事後承諾で悪いけど、…御坂美琴と婚約しました。美鈴さんには了解貰ってます」/// 詩菜『え?当麻さん、もう一回言ってもらえるかしら?』 上条「御坂美鈴さんの了解を頂いて、御坂美琴と婚約しました」/// 詩菜『…当麻さん。中学生を手篭めにしたの?』 上条「してねえよ!まだ指一本触れてねえよ!」/// 美琴「ふぇ!?」/// 詩菜『え?それで婚約って気が早くない?』 上条「なんで女親って揃いも揃って同じこと言うんだ。上条当麻は御坂美琴を愛してる!それが理由だ文句があるか!」 美琴(ま、また言ってくれた!)/// 詩菜『あらあら、若いっていいわねー。ところで、美琴さんは傍にいるの?』 上条「ああ」 詩菜『代わって』 上条「…代わってくれって」ケイタイ サシダス 美琴「か、代わりました。御坂美琴です」/// 詩菜『当麻さんとしちゃったの?』 美琴「ぶふぉっ!?いきなりなに言ってるのアンタ!!」/// 詩菜『お母さま公認で当麻さんと婚約っていうから、てっきりそういうことかなと思ったのだけど』 美琴「そういうことしなくっても、お互い愛してるんだから約束してもいいじゃないですか!」/// 上条「!!」/// 詩菜『ねえ、美琴さん。当麻さんはね、疫病神、不幸の使者と呼ばれていた子ですよ?…本当にそんな子と一緒にいたいのかしら?』 美琴「そんなの!!そんなの関係ない!!アイツは、当麻はわたしにとって、かけがえの無い人だもの!!いくら親でもそんな風に当麻のこと言うのは許せない!」 上条(美琴…)/// 詩菜『…ありがとう』 美琴「え?」 詩菜『当麻さんのために怒ってくれて。あの子のことお願いします』 美琴「あ、いえ、こちらこそお願いします」ペコリ 詩菜『あ、美琴さん。避妊だけはしっかりしなさいね。スキンよりも経口避妊薬の方が確実よ』 美琴「お、女親ってそれしか言えないのかあああ!!」/// 詩菜『うふふ。美琴さんだって、まだ母親にはなりたくないでしょう?』 美琴「そ、それはそうですけど…でも、当麻との…なら…」ゴニョゴニョ 詩菜『まあまあ。当麻さんも幸せ者ね。こんなに可愛い彼女が傍にいてくれて』 美琴「…」/// 詩菜『当麻さんと代わってくれる?』 美琴「あ、はい…」ケイタイ サシダス 上条「…変なこと吹き込まなかっただろうな?」 詩菜『当麻さんの悪口言ったら、怒ってくれたわよ。それだけで当麻さんの嫁として合格です』 上条「なっ!?」/// 詩菜『当麻さん。一度守ると決めたのなら、最後まで貫きなさい』 上条「…ああ。約束する」 詩菜『じゃあ、近いうちに美琴さんを連れて家にいらっしゃい。刀夜さんと一緒に嫁いじりして楽しむから』 上条「そんな危険なところには連れて行かない!」 詩菜『あらあら。可愛い嫁を連れてこないなんて親不孝者ね。当麻さん』 上条「だー!もー!!以上!連絡終わり!」 通話を終えて、少女を見る。少女が小さく微笑んでくれるだけで、少年にも自然と笑みがこぼれた。 美琴「どうしたの?」 上条「散々からかわれた。…けど認めてくれた」 美琴「そ、そっか」/// 上条「ああ。美琴は上条家の嫁ってお墨付きをいただきました」 美琴「よっ、よ、よ、よ、よ、よ、よめっ!?」カァッ 上条「ま、まあアレ、ほら、許婚だからな!」/// 美琴「そ、そ、そ、そうよね!!許婚だもんね!」/// 上条「ははははは」/// 美琴「うふふふふ」/// ――― 手を繋いでバス停へと向かう途中、少年の携帯電話が鳴った。右手で携帯電話を取り出して画面を見る。 上条「小萌先生か。なんだろ?ちょっとゴメン」 美琴「うん」 上条「もしもし…」 小萌『上条ちゃんはお馬鹿さんですから、シスターちゃんは今日、先生の家にお泊りなのですよー』 上条「インデックスを預かってくださるのは助かりますが、なんなんでしょうか?その棘のある一言目は!?」 小萌『明日のクリスマスパーティーは女の子限定ですから、上条ちゃんは来ちゃ駄目なのですよー』 上条「スルー!?そして上条さんにご馳走を食べる権利が無くなった!?」 小萌『上条ちゃん?大事な人がいるのに、クリスマスに先生に世話になろうなんて思っちゃいけないのですよー?』 上条「大事な人?え?え?」 小萌『御坂美琴さん、でしたか?上条ちゃんも隅に置けませんねー』 上条「う、え…」(な、なんで知ってるんだ!?) 小萌『今もデート中なのでしょう?』 上条「ま、まあ…」/// 小萌『ふふふ。壁に耳あり障子に目ありですよ。上条ちゃんと常盤台の子がデートしているって聞いたものですから』 上条「まいったな…」 小萌『ひとつだけ聞かせてください。上条ちゃんは、御坂さんを選んだのですね?』 上条「…いまいちなにを聞かれているのかがわからないのですが?」 小萌『上条ちゃんの周りにいる女の子の中で、一番大事な人は御坂さんということでいいのですよねー?』 上条「あ、えーっと…。はい」/// 小萌『じゃあクリスマスは御坂さんと仲良くするのですよー。あ、でも、学生としての節度は守るのですよー』 上条「なっ!?」/// 小萌『ではでは、良いクリスマスをー』 上条「ちょ、ちょっと!?小萌先生!?」 一方的に通話を切られ、少年は困惑して携帯を見る。 美琴「どうしたの?」 上条「ん?小萌先生がインデックスを今日泊めるってさ。それで、明日のパーティーは女性のみでやるから俺は来るなって。それで、クリスマスは美琴と過ごせってさ」 美琴「ア、アンタとわたしのこと、何でアンタの先生が知ってるのよ!?」/// 上条「あー、青ピから連絡行ったか、誰かに見られたのかもしれない」ウーム 美琴「何でアンタそんなに冷静なのよ?」 上条「ん?だって俺たち許婚だろ?親公認だし、別に隠す必要も無いかなって」 美琴「~っ!!」カァッ 上条「自分も独占欲強いとか言っておいて、何で照れてるんでしょうね美琴さんは」 美琴「うぅ。それはそうだけども…」(やっぱり恥ずかしい)/// 上条「ま、ゆっくり慣れてけばいいよな」ニコッ 美琴「…うん」 上条「さて、と。じゃあ今日の夕飯と明日の食事はどうするかなあ」 美琴「あ、そっか。あの子いないんだっけ」 上条「そうなんですよ。ま、今日は適当に作るとして、明日は…、明日もデートしようか」カァッ 美琴「デ、デート!?」/// 上条「今日みたいにショッピングでもいいし、どこか遊びに行くのでもいいし」 美琴「う、うん。…あ、あのさ?」 上条「ん?どこか行きたいところとかあるか?」 美琴「そうじゃなくって、その、さ。…今日の夕飯とか、明日のご飯とか、作ってあげようか?」 上条「…ホントに?」 美琴「うん」 上条「うわ。すっげえ嬉しい」 美琴「ふふ。じゃあ、スーパー寄っていこう。何か食べたいものとかある?」 上条「美琴センセーにお任せします」 美琴「じゃ、行こっか」ニコッ 少年に向かって微笑むと少女は手を引いて歩き出す。その顔はとても楽しそうであった。 ――― 寮監「御坂」 美琴「は、はい。なんでしょうか?」 スーパーで買い物をして、少年の家でカレーなどを作ってから門限ぎりぎりの時間に寮へ戻ると、寮監から声をかけられた。 寮監「ちょっと私の部屋へ来てくれ」 美琴「わかりました」(なんだろう?) 部屋に入り、促されるままダイニングテーブルの椅子に座る。部屋の主はティーカップとティーポットをテーブルの上に置き、少女の対面に座る。 寮監「飲むか?」 美琴「いただきます」 寮監「砂糖はいるか?」 美琴「いえ」 寮監「そうか」 寮監は優雅に紅茶を一口飲むと、音を立てずにソーサーにカップを置き、まっすぐに少女を見た。 寮監「まずは、おめでとう。と、言っておこう」 美琴「は?」 寮監「…婚約だ」 美琴「…は、はい」/// 寮監「お前を呼んだのはその件だ。常盤台は淑女を教育するための学校でもあるから、親公認で許婚ができることもまあ珍しくは無い。だが、正直に言うと、私にはお前に許婚というのは想定外だった」 美琴「…」 寮監「話が逸れたな。とりあえず、許婚がいる場合、門限や外泊に関しての規則が緩和されることになる。もっとも、届出は必要になるが。…まあ、お前の場合は研究協力なども多いから今までとあまり変わらないかもしれないが」 美琴「…」 寮監「あとは、その、親公認である場合は、薬剤が処方される。なるべくはやく薬局へ行って処方してもらってこい。これが処方箋だ」ペラ 美琴「はい。わかりました」(薬?) 処方箋に目を通した少女の顔が一瞬で紅に染まる。 美琴(こ、これ、これ、これって~~~!!)/// 薬剤の備考欄には『常盤台中学校 特措×-○における対象生徒 健康管理のための処方 エストロゲン調整剤 PI:0.1 要継続摂取』と記されていた。 授業で習っているため、エストロゲン調整剤の意味を少女は知っていた。エストロゲン調整剤、簡単に言えば経口避妊薬である。 寮監「まだ早いとは思うが、なにぶん相手もあることだし、学校としては不測の事態を避けるためにもあらかじめ処方することにしている」 美琴「あ、あはは~。わたしにはまだ早いと思いますけど」/// 寮監「服用は月経が終わってから、準備期間は一週間だ。それまで、性行為は慎むように」 美琴「せっ、せっ、せっ!!」アワアワ 寮監「お前がまだ早いと思っているのはわかるが、男というものは征服欲が強い。まして許婚ともなれば家単位で法律よりも慣習を優先させる傾向がある」 美琴「…」(ア、ア、ア、アイツと…)/// 寮監「御坂。私はな、寮監という立場上、そういった生徒を見てきた。だから、お前が傷つかないよう服薬をすることを勧めさせてもらう。傷つくのはいつも女の方だからな」 美琴「…」 寮監「私からは、常盤台の学生として、節度ある行動を心がけるよう行動してくれとしか言えない」 美琴「…はい」 寮監「次は装飾品についてだが、婚約指輪や慣習で引き継がれる貴金属は校則で禁止されているアクセサリー類からは除外される」 美琴「…」/// 婚約指輪という言葉に反応して、そっと左手に触れ、少女は頬を染める。その様子を見て、寮監は小さく首を傾げた。 寮監「…御坂は、許婚に対して恋愛感情を持っているのか?」 美琴「ふぇ!?」/// 寮監「いや、すまない。家の都合で婚約するものが多いから、お前みたいに嬉しそうにしているのは珍しいから…な」 美琴「あ、えっと、はい。…好きです」/// 寮監「相手もお前のことを好いていてくれるのか?」 美琴「は、はい」/// 寮監「…そうか。それは良かった」 美琴「…わたし、恵まれてるんですね。好きな相手と、婚約できて」 寮監「そうだな。だが、私は、婚約とは本来そういうものであって欲しいと願っている」 美琴「…」 寮監「だから、御坂。私はお前が相思相愛で婚約したということを、常盤台の寮監としてではなく、一人の知り合いとして祝福したい。おめでとう。御坂」 美琴「あ、ありがとうございます」/// 寮監「ところで、公表はするのか?」 美琴「友人以外には言わないと思います。まあ、すぐに広まるとは思いますけど」/// 寮監「そうだな。学校というものはそういう話に敏感だからな」 美琴「…彼にも言われたのですけど、親公認だから、その辺は開き直ってしまおうかと思いまして」/// 寮監「許婚はどんな奴だ?」 美琴「わたしよりも二つ年上で、お人よしで、おせっかいで、正義感が強くて、超能力者だろうがなんだろうが特別視しない人です」 寮監「高校生か。超能力者だろうがなんだろうが特別視しないということは、学園都市の生徒か?」 美琴「ええ、まあ」 寮監「…そういえば一時期、常盤台の超電磁砲が追い掛け回している無能力者がいるという噂があったな。お前の相手はその噂の相手なのか?」 美琴「うぇ!?」(う、噂になってたんだ)/// 寮監「幼馴染か何かか?」 美琴「あー、幼馴染ではないです。でも縁があるというかなんというか…」 寮監「見知った仲ではあるということか」 美琴「まあ、そうです」/// 寮監「…学園都市で知り合って、親公認の許婚か。…それは運命の相手と言えるのではないだろうか」/// どこか遠くを見るような眼差しで、寮監は言うと頬を紅く染めた。 美琴「…へ?」 寮監「幾多の困難を乗り越え、将来を誓い合うふたり。そこにあるのは真実の愛」ウットリ 美琴「りょ、寮監様?」 寮監「…羨ましい」ボソッ 美琴「あ、あはは」(あれ?寮監ってこんな人だった?)/// 寮監「…んっ、ゴホン。ともかく、おめでとう」/// 美琴「あ、ありがとうございます」(あ、戻った) 寮監「…報告はいつでも受け付けるからな」 美琴「ほ、報告なんてしません!!」(やっぱり戻ってない!!)/// 寮監「そうか。遠慮しないで良いのだぞ」ニコッ 美琴「し、失礼します」(寮監が壊れた…)バタン まるで年下の友人のように恋愛話を聞きたそうにしている寮監に恐れを抱いた少女は、すぐに立ち上がって部屋から出た。 美琴(寮監も乙女だってことかしら…)ブルブル 幸い寮監が追いかけてくることはなかったので、そのまま自室へと足を向ける。 美琴(そういえば黒子に文句言わないといけないわね。黒子のせいでアイツにパンツ見られちゃったし)/// 軽く頭を振って恥ずかしさを振り払うと、部屋の扉を開けた。 美琴「ただいま。黒子」 黒子「……………………」ブツブツ ルームメイトはベッドの上で体育座りをして、なにやら呟いていた。 黒子「お姉様が類人猿と間接キスをしていただなんて黒子は認めないですの。でもお姉様が類人猿の口に付いたクリームを指で掬ってペロッと舐めたのは事実。いえ、あれはきっと何かの間違いですの。黒子は疲れていた。お姉様は実験をしていた。でも、実験をしていたお姉様は類人猿の好みで短パン+ゲコ太パンツを履かずに縞パンを履いていた。つまり類人猿によって穢されていて、そんなこと、そんなこと黒子は、黒子は認めないですの」ブツブツ 美琴「アンタはなに呟いてるんじゃゴラアアアア」ビリビリ 黒子「ああ~んっ!!愛の鞭ですのぉぉぉぉぉぉ!!」ビクンビクン 美琴「てか、実験って何よ!アンタどんな妄想してるのよ!」 黒子「…ハッ、黒子はなにも見ていません!お姉様とは会っておりませんの!縞パンなんて見ておりませんの!」(実験のことは秘密でしたの!) 美琴(縞パンって、確か妹達が履いていたわよね…。妹達の一人が偶然、黒子に会って実験中とか言って誤魔化したのね、きっと)「そうよね。アンタは喫茶店でわたしの短パンずりおろしただけよねぇ…」ビリビリ 黒子「お、お姉様!?落ち着いてくださいませ。あれは、お姉様の貞操を確認したかっただけですの」 美琴「アンタねえ。デートの邪魔しておいて言いたいことはそれだけかしら?」 黒子「デ、デ、デート!?今、デートと仰いましたの!?」 美琴「ええ。アンタ、わたしのデートを邪魔したわよね」 黒子「あ、あ、あの類…殿方とお姉様がデート!?」 美琴「そうよ。わたし、当麻と付き合うことになったから」 黒子「な、な、名前呼び…」ブルブル 美琴「別に、彼氏のことを名前で呼んでもいいでしょ?」 黒子「お、お、お姉様が、お姉様が殿方のことを彼氏と…。黒子は、黒子は、少し外の風にあたってきますの…」フラフラ ツインテールの少女は虚ろな表情で立ち上がると、そのまま部屋から出て行った。 美琴(なんか思ってたよりも静かだったわね。もっと騒がれると思っていたんだけど) ベッドに仰向けになり、左手を上げて薬指を見る。 美琴(許婚、かあ)ニヘラー 幸せそうな微笑を浮かべて、少女はしばらくの間、指輪を眺めるのであった。 ――― ――お姉様が…殿方と恋仲に… 寮の屋上へと移動したツインテールの少女は、夜空を見上げながら溜息をついた。 ――わかっていたことですの。でも、お姉様から直接言われると、やはり堪えますわ。 夏頃からあのツンツン頭の少年を追い掛け回していたのは知っている。『電撃が効かないムカつく奴がいる』と、楽しそうに話していた。 秋が近づくにつれ、ツンツン頭の少年のことを話すたびに赤くなったり、挙動不審になったりすることが多くなった。 第三次世界大戦の後、しばらくの間ツンツン頭の少年のことを呼んで魘されていた。 ――なにがあったのかはわかりませんが、あの時のお姉様はそれはもう酷い有様でしたわ。今にも壊れてしまいそうなくらい打ちひしがれていて…。でも、いつの間にかお元気になられて、殿方のことを呼んで微笑んだりして…。 秋の初め頃、研究協力の一環として外泊することがあった。その頃には常盤台のエースの名に恥じない超能力者第三位に戻っていた。 ――なぜか私服を持っていかれたりしましたけど。もしかしたら学園都市の外の協力企業への出向だったのかもしれませんが。 黒子「…」ハァ ――あの殿方と一緒にいるときのお姉様を見てしまうと、黒子が入る隙は無いですの。 しばらくの間、空を見上げながら、ツインテールの少女は呟いた。 黒子「上条当麻…お姉様を泣かせたりしたら許しませんですわよ」 ――― とある男子学生寮の一室 ベッドの上の寝具を床に置いてあったものと取替えると、少年はその上に仰向けに倒れこんだ。左手を上に上げ、薬指の付け根をじっと眺める。 上条「許婚、か」 自然と、頬が緩む。 待ち合わせ場所で抱きつかれた時に、自分の中にあった想いを自覚した。 喫茶店で自分の想いを確信して、そのままの勢いで階段の踊り場で告白して、両想いだったことに幸福を感じた。 いつでも一緒のものを身に着けていたい我侭から、お互いの親に連絡をして許婚になった。 上条「…結構ぶっ飛んだことをしたよなあ」 後悔はしていない。むしろ絆が深まったことに幸せを感じている。 上条(それだけ俺は、美琴のことが好きだったんだな) 夕飯に作ってもらったカレーは、今まで食べたカレーの中で一番美味しかった。 寮の前まで送ろうと思ったのに、『抱きしめて欲しいから』と言われて、公園で抱きしめた後、姿が見えなくなるまでそこで見送った。 上条(しかし、何であんなにいい匂いがするんだろうな)/// 頬を赤くしながら、天井を見上げて両手を挙げる。 上条「幸せだー」 ――― 布団の中で、銀髪の少女は目を開けて天井を見た。 インデックス(とうまとみことがデートをしていた) 頬を赤く染めていた茶髪の少女の顔が思い浮かぶ。 茶髪の少女は、安全ピンで留めた修道服を『そんなの着ていると危ないから』と言って縫ってくれた。 『女の子は身嗜みも大切よ』と言って、ショッピングモールへ連れて行ってくれて、下着や部屋着、小物、生活用品を買ってくれた。 たまに部屋に来ては同居人のツンツン頭の少年に勉強を教えたり、わざわざ材料を持ってきて食事を作ってくれた。 ときどき外に連れていってくれて、一緒に遊んでくれた。 インデックス(最初はとうまを虐める酷い奴だと思っていたんだよ) 茶髪の少女は、外で会うと必ずと言っていいほど、ツンツン頭の少年に向かって雷撃をぶつけてきた。 でも、何度か見ているうちに、攻撃というよりは、話すためのきっかけを作るためにそうしているんだと気が付いた。 ツンツン頭の少年と話している時の茶髪の少女は、とても嬉しそうで、楽しそうだったから。 インデックス(やっと、とうまに想いが届いたんだね) 銀髪の少女の口元に優しい微笑が浮かぶ。そして再び目を閉じた。 インデックス(よかったね。みこと) ――― 学習机の椅子に座り、右手でシャープペンシルを弄りながら、黒髪の少女はノートに視線を落とす。 姫神(上条君。楽しそうだった) 常盤台中学の女の子と真っ赤になりながら、ケーキを食べさせあっていたツンツン頭のクラスメイトの少年。 青髪ピアスのクラスメイトの少年が乱入した時には『デートの邪魔をするな』と言って、しっかりと女の子をかばっていた。 姫神(デート…か。あれもデートになるのかな?) 青髪ピアスのクラスメイトの少年に頼まれて、一緒にクリスマスオーナメントを選んだ。そのお礼にと、クレープとココアを奢ってもらった。 姫神(私は。どうして。OKしたんだろう?) 青髪ピアスのクラスメイトの少年との約束。明日も彼のショッピングに付き合うことになっている。 姫神(別に。今日買ってもよかったと思うんだけど) 青髪ピアスの少年はどうしてわざわざ明日を指定してきたのだろう。 姫神(まあ。楽しかったから) 青髪ピアスの少年との他愛の無い話や、クリスマスオーナメント選びは思っていたよりも楽しかった。 姫神(青ピ君…か) 青髪ピアスの少年のことを思い出しながら、少女は小さく微笑んだ。 ――― 12月23日夜、とあるふたりのメール ――――――――― From 御坂美琴 Subject:今日は 本文:ありがとう。嬉しかった。夢じゃないよね?わたし、当麻の婚約者だよね? ――――――――― From 上条当麻 Subject Re 今日は 本文:夢だったらどうする?俺は泣く。 ――――――――― From 御坂美琴 Subject:Re Re 今日は 本文:泣くだけなの?わたしは死んじゃうかも… ――――――――― From 上条当麻 Subject 安心しろ 本文:御坂美琴は上条当麻の婚約者だ。冗談でも死ぬとか言うな。好きだぞ。 ――――――――― From 御坂美琴 Subject:わたしも 本文:よかった。ごめんなさい。大好き。 ――――――――― From 上条当麻 Subject:明日 本文:10時に自販機前で待ち合わせでいいか?ゲーセンでも行こうぜ。 ――――――――― From 御坂美琴 Subject:Re 明日 本文:了解。一緒にプリクラ撮りたいな。新作のゲコ太フレームのやつが出たんだ。 ――――――――― From 上条当麻 Subject:Re Re 明日 本文:ゲコ太に邪魔されないツーショットが欲しいかも。 ――――――――― From 御坂美琴 Subject:Re Re Re 明日 本文:うん。それも一緒に撮ろうね。 ――――――――― From 上条当麻 Subject:Re Re Re Re 明日 本文:ゲコ太は確定かよ。まあいいけど。 ――――――――― From 御坂美琴 Subject:ゲコ太 本文:イヤ? ――――――――― From 上条当麻 Subject:Re ゲコ太 本文:イヤじゃないぞ。好きなんだろ? ――――――――― From 御坂美琴 Subject:Re Re ゲコ太 本文:うん。でも、当麻の方が好きだからね。 ――――――――― From 上条当麻 Subject:Re Re Re ゲコ太 本文:サンキュー。俺も、好きだぞ。 ――――――――― From 御坂美琴 Subject:あのね 本文:言葉で、聞きたいな。 ――― 常盤台中学学生寮208号室 ベッドの上に横になり、茶色い短髪の少女は携帯電話を握り締めていた。 ルームメイトであるツインテールの少女は、勉強机の前に座ってノートパソコンを開き、キーボードに何かを打ち込んでいる。 他愛の無いメールのやり取り。それはそれで楽しかったのだが、文字だけでは物足りなくなってくる。 美琴(わがままだなあ。わたし)ハァ 小さく溜息をつくと同時に、握っていた携帯電話が震えて、少女は小さく体を震わせた。 ディスプレイに表示された、『上条当麻』の文字に頬が赤くなるのを自覚しながら、少女は通話ボタンを押す。口元に幸せそうな笑みを浮かべて。 美琴「も、もしもし」/// 上条『まったく、お前は甘えん坊だなあ』 美琴「わ、悪い!?」 上条『いーや、悪くないですよ美琴さん。…ホントのこと言うと、俺もお前の声、聞きたかったし』 美琴「ホ、ホント?」 上条『お前に嘘ついてどうするんだよ。あー、…好きだぞ。美琴』 美琴「わたしも、好き!」/// その言葉を聞いて、ツインテールの少女の身体が小さく震え、キーボードを打つ手が止まる。(彼女に聞こえているのはルームメイトの少女の声だけ) 黒子(まさかとは思いますが…殿方とのラブトークですの!?)ブルブル 上条『…上条さん、幸せを噛み締めてるんですけど』 美琴「ふふ。当麻♪す~き♪」 黒子「―――!!」(ギュオエエエエエエエエエッッ!!あの類人猿めえええええええっっ!!)ギリギリ 上条『あー、もー!なんでこう美琴さんは、今日一日でこんなに可愛くなっちゃったんですか!』 美琴「当麻が告白してくれたからに決まってるじゃない!わたしはずっと、当麻のことが好きだったんだから!だから、当麻が好きって言ってくれたから、わたしも素直になれたの」/// 黒子(告白ですとおおおおっ!?こ、これはまずいですの。この後は延々とお姉様の惚気話が続くかもしれなくて、そのようなもの、わたくしには耐えられませんの…)ガタガタブルブル 上条『上条さんは幸せ者です。こんな素敵な彼女がいて』 美琴「わ、わたしも幸せ!当麻の彼女になれて」/// 上条『美琴』 美琴「当麻」/// 黒子「…!!」(酸素、酸素が足りませんわ!お姉様が電気分解でオゾンでも精製させておりますの?)ゼエゼエ 上条『やべ。これ以上話していると会いたくてたまらなくなる』 美琴「ホントに?わたしも今、同じこと考えてた」 上条『はは。似たもの同士だな』 美琴「えへへ」 上条『じゃあ、また明日。おやすみ』 美琴「…もう一回、好きって言って?」 黒子「――!!」(げ、限界ですの…)パタリ 上条『美琴。好きだ』 美琴「わたしも、好き。おやすみ。当麻」 上条『おやすみ。美琴』 少女は携帯電話を閉じると、それをそっと胸に抱いた。 美琴(おやすみ。当麻) 黒子「…」 ――――――――― クリスマス狂想曲12月23日 了 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/クリスマス狂想曲
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/1201.html
前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/11月22日は何の日? いちゃいちゃ年末年始! 1月2日。上条当麻と御坂美琴の夫婦生活は5日目。元旦で夫婦生活4日目である1月1日は深夜に寝たために起きるのが正午近くになってしまい、御坂家にいる親御さん達も昼は初詣などに出かけていて改めての挨拶だけで終わった。 しかし昨日の夜に美琴は初めて上条のワイシャツを攻略。頭からプスプスと湯気を出すもレベル5の名にかけて4日連続ふにゃーはプライドが許さない。…まぁ、上条の前に最早プライドも何も無くっているような気もするが。 そして今日は神奈川を出て学園都市に戻る日である。レベル0の上条はそれ程外出許可に厳しくされないが、7人しかいないレベル5の美琴はそうはいかない。29日から2日までの5日前後がギリギリらしい。 学園都市から実家に帰ってくる時もそうだったが結構な移動距離なので、門限がある美琴の事を考えると早めに出たほうがいい。 しかし今や愛の巣と化している上条のマンションを美琴がそう簡単に出るわけ――― 「美琴ー、そろそろ出るぞー」 「わかったー」 ―――ないのだが、何故かすんなりまとめてあった荷物を持って玄関にやってくる。あやしい。 「ねぇねぇ。この表札貰って行っちゃってもいい?」 「ん? 別にいいと思うけど…、どうするんですか?」 「…当麻の部屋に―――」 「ダメ」 「うっ」 表札とは美鈴が用意したのであろう『上条 当麻 美琴』の表札。それは部屋のネームプレートみたいに作られた板状のもので、それを外すと『上条』の文字が出てくる。 上条の寮には使えそうにない表札だったが、美琴は「裏に両面テープを張る」だとか何とか言っている。もし仮に隣の土御門に見つかったり他の寮生に見つかろうものなら上履きの中に画鋲だろう。教室の椅子にも画鋲だろう。それは多分痛いので美琴には分かってもらわないといけない。やっと和解したばかりなのでね。 「じゃあ磁石付けて冷蔵庫につける」 「まぁそれくらいならいいけど」 「えへ」 美琴はその表札を大切にゲコ太タオルで包むと上条のバックの中に入れた。何故上条のバックなのかと言うと、美琴のバックは昨日のうちに今日の着替え分だけ出して学園都市の常盤台女子寮に郵送したのだ。やたら本が重いので。 「また来たいね」 「そうだな。夏休みにでもまた来るか」 「ホントに? やった」 「じゃあ行こうぜ。父さん達が待ってる」 「うん」 上条はそう言うと先に歩きエレベーターのボタンを押す。美琴はやはり少々名残惜しいのかしばらく部屋の中を見ていたが、上条に呼ばれたので鍵を閉めて走ってきた。 エレベーターの中で美琴は上条の腕に抱きつき幸せそうに笑っている。 「…どしたの美琴たん」 「えへへ、別に」 マンションの前には既に刀夜達が待っていた。刀夜は寒そうに手に息をかけ暖めており、詩菜は美鈴と何やら世間話でもしてるのか、旅掛はタバコをすぱすぱと吸っていた。 上条と美琴は刀夜達と合流すると駅に向かって歩き出す。その時に通る御坂家もしばらくは見納めだ。改めて見ると隣の家よりも1.5倍は大きい。流石です、旅掛さん。 「美琴ちゃんよく帰りたくなーいってだだこねなかったね」 「そっ、そんな子供じゃないわよ! …あ、詩菜さん。ありがとうございました。これ部屋の鍵です」 「はい。美琴さん、楽しめましたか? また来てくださいね」 「は、はい。絶対来ます!」 「美琴ちゃんもお母さんにそれくらい優しければ―――」 「…何か言った?」 「イイエ。ナニモ」 「ったく…」 「うぅ…、当麻くん。美琴ちゃんがいじめるー」 「え? だめだろ美琴」 「あぅ…」 美琴のプレッシャーに美鈴は上条の後ろに隠れ、弱点をつく。今この状態なら美琴はグー、美鈴はチョキ、上条はパーなので美琴は上条に勝つことは出来ない。 上条はそのパーの右手で美琴の頭を優しく撫でると美琴はもう戦意喪失してしまう。美鈴には子供じゃないと言うが、美琴はまだまだ頭を撫でられただけで喜んでしまうお子様だったのだ。 ち、違うわよ? 私は喜んでるんじゃなくて…そう! 効かないから! 当麻の右手には何も効かないからごにょごにょ…。 「あはは、美琴ちゃんは相変わらず当麻くんには弱いのね。これから何かあったら当麻くんに助けてもらおう」 「なっ…! ひ、卑怯よそんな―――」 「あー、当麻くんたすけてー」 「落ち着いて、美琴たん」 「うっ」 もう美琴は美鈴に勝てる事はないだろう。もともと美琴の考えてる事をピンポイントで当ててくる母の勘に加え、美琴が手を出せない上条も味方につけられてはもうあうあうするしかないのだ。あうあう…。 「ここまででいいよ、ホームまでだとお金かかるしさ。ありがとな」 上条は11月22日の時に言ったような言葉で見送りを感謝する。時刻は昼前な事もあり、皆初詣に行ってるのか駅には疎らにしか人はいなかった。これから遠出をする人は少ないだろうが、帰省を終えた人なのか大きなバックを持ってる人などがいる。 時刻表を見るとあと5分後くらいに丁度いい学園都市方面の電車が出るらしいので、これに合わせる事にした。 「じゃあ…、また夏休みにでも帰ってくるから」 「おぉ、待ってるよ。元気でな、当麻。美琴さん。体に気をつけて」 「元気でね当麻さん。美琴さん」 「は、はいっ。お世話になりました! また必ず―――」 「美琴ちゃん…しばらく会えないパパにさよならのチュいでででででっ!」 「ま・た・ね」 「うぅ…」 「私も大学で近くに行ったら遊びに行くねー。んー、そうね。その時は当麻くんのお部屋に泊めてもらおうかな」 「なっ!? そ、そんなのダメよ!」 「何で美琴ちゃんがダメなのよ」 「うっ…そ、それはその……あぅ」 「あはは、ほら。長旅なんだからトイレ行っといた方がいいわよ。行った行った」 「はい。じゃあ父さん、母さんまたな。美鈴さん、旅掛さんもお元気で」 「わっはっはっ! 俺たちはいつも元気さ。美琴ちゃんの結婚式で晴れ姿を見なきゃいけないしね!」 「けっ、けっこ―――! …ふにゃー」 「お、おい美琴…、そ、それじゃまたー、あははー」 「あはは、美琴ちゃんをよろしくねぇー」 そして上条は美琴をずるずると引きずり刀夜達と別れホームに消えた。電車に乗る前にトイレに行っておいた方がよかったのだろうが、美琴は絶賛ふにゃー中だし諦めよう。 エスカレーターを上がると係員やホームのベルが電車到着が間近なのを知らせてくれる。やってきた電車にも疎らに人が乗っているだけで、これから乗る乗客と合わせても空席が目立ちそうだ。 上条は二人用の席に陣取ると、美琴を寄りかかれる壁側にする。…が、美琴は上条の肩の方がお気に入りなのか壁に寄りかかる事はない。こっちの方が温かいし気持ちいいしー。えへ。 やがて電車のドアが閉まりゆっくり走り出すとホームでは見えなかった外の景色が見えてくる。ふと外を見ると、ネット状の壁の向こうで美鈴が手を振ってくれていた。上条も軽く手を上げるとそれに気付いた旅掛や刀夜、詩菜も手を振ってくれているが電車は徐々にスピードを上げ、すぐに美鈴達が見えなくなってしまった。さようなら神奈川。さようなら父さん母さん旅掛さん美鈴さん。また夏休みに。 上条と美琴は電車に揺られ学園都市に帰ってきた。中に入る時にゲートでIDの確認やら何やらを精密に検査するが、レベル0の上条は美琴程念入りではない。なので一緒に入っても美琴は上条より後にぐったりと出てくるのだ。 美琴は外に出た時と同じく「これだけは面倒くさいわね、ホントに」と溜息を吐くしかなかった。 昼前に神奈川に出た上条たちが学園都市に入り、第七学区に着いた時には日はすっかり沈んでいて、美琴の門限までもう少しだった。 「じゃあ行くか。寮まで送るよ」 「大丈夫」 「え? そ、そうか? じゃあ…、また―――」 「当麻の部屋行くから」 「なー…んだって?」 「今日は当麻の部屋に泊まる」 「はい? だってお前門限があるだろ?」 「ふふん。実は学園都市外への外出は5日だけど、寮には新学期前日まで地元に帰るって言ってあるの」 「おまっ―――! …そんな事していいのかよってか出来るのかよ」 「寮監には何も言われなかったけどー?」 「だ、だから実家の時すんなり帰ったのか…。おかしいと思ったぜ」 「えへ」 美琴はしてやったりな顔をすると上条の腕を取り、馴染みのスーパーへ向かった。実家に帰る前に魚とか買い溜めしておいたけど、今は三が日なのでセールもやっていて安いだろうと考えたのだ。この夫婦生活で、お嬢様の美琴もお金の感覚を相当になおしたらしい。ちょっとづつだが、いい奥さんに向かっているようだ。 上条も夫婦生活で慣れたのか以前程は美琴を泊めてはいけないと思わなかったらしく、しかも常盤台の門限も無いのなら美琴は何を言おうと無駄なのも知っていたのでお泊りを認めたのだ。自分が実家に帰ってる間に小萌先生にお世話になっているインデックスには冬休みの間はそこにいてもらおう。 「さっ。今日は何食べたい? セール中だし…、ちょっとだけ奮発しちゃう?」 「そうなー…、じゃあ…シーフードカレー!」 「…アンタカレー好きねぇ」 「美琴が言った甘いけど辛いカレーが食べたい」 「あは、いいわよ作ってあげる。この五日間で相当煮込んであるからとびっきりの甘辛になってるわ」 「期待してるぜ、美琴たーん」 「たん言うな」 スーパーはやはりと言っていい三が日セールがやっていて、お節の食材やら蟹やらが大売出ししていた。嬉しい事にその食材の裏でもちゃんとしたセールがやっており、普段のこの時間なら学生はいないのだが今日はまだまだ買い物客で溢れていた。 上条と美琴はカートを引いて青果や鮮魚コーナーを回る。シーフードカレーにするなら野菜やら海老などが必要になってくるので割引のやつを狙わなくては。 神奈川と学園都市では単価が違うのか、美琴はうーんと悩んで商品を選ぶ。もちろんセールをしてるので安いと言えば安いのだが、神奈川に比べたら魚介は高いようだ。主婦美琴は買い物上手になっていた。しかしこのままでは魚介が入らないシーフードカレーになりかねないので、上条は冷凍食品に目をつける。本格的なものでなくとも安いならそっちの方がいいし、海老などもないよりあった方がいい。 夫婦生活が終わってもバッチリ夫婦な上条当麻と御坂美琴。 「だっはっ! 重かったーっ!」 「お疲れ様。今日は私一人で作るから当麻は休んでて」 「ありがとー、美琴たーん」 「たん言うなっつの」 上条と美琴は学生寮に帰ってくるといつものやりとりをする。上条は両手いっぱいの戦利品入りの袋をキッチンに、そしてこれからは美琴の腕の見せ所。愛しい旦那に美味しい料理を振舞わなくては。 今日のメニューはクリスマスの時に話していた美琴特製の辛いんだけど甘いカレー。美琴はクリスマスの時に指輪の一件でなかなか料理に取り掛かれなかったが、もうその件についてはクリアしてるので大丈夫だ。指輪を外してネックレスに…、でも涙目。 そのカレーは作り方は一緒だが今日は究極のスパイスがある。そのスパイスは5日間の夫婦生活で深めた絆で、一度料理に入れようものなら全く別の味になるだろう。それに今回はご飯のセットも忘れない。 料理を作ってる美琴はどこか楽しそうで、鼻歌を歌いながらアク抜きをしてたり、おたまでかき回したりしている。上条も美琴の歌をお供にテーブルの上を掃除していた。テレビのリモコンは床に、漫画は本棚に、教科書は鞄に、課題はゴミ箱……あ。 そして暫くすると美琴がお盆に乗せ二人分のカレーライスを持ってきた。 「うんまそーですね」 「ま、まだ食べてみないと」 「じゃあ…、いっただっきまー…んむっ」 「…」 「もぐもぐ…」 「あぅ…」 「…ごくん」 「あぅあぅ…」 「…美琴たん」 「ふぇ?」 「結婚してください」 「…ふにゃー」 上条当麻は美琴特製シーフード甘辛カレーの前に屈した。その後はふにゃふにゃしてる美琴をなだめながら涙を流し「うまいうまいぞぉーっ!」と、どんどんかっこんでいく。そのカレーは上条のみ味わう事が出来る究極の味。とても温かく、甘く、それでいて辛いカレーだった。美琴たん、上条さん家に米だけはあるっていってもこんなすぐにもぐもぐ…。 御坂美琴は料理の面でもどんどんとパワーアップし、着々と上条美琴への階段を上がっているようだ。 「いやっ! 絶対帰らない!」 「絶対帰れ!」 「帰らない!」 「ダメったらダメです!」 「ふぇぇぇぇ……」 美琴はだだをこねていた。今日は学園都市に帰って4日目で明日から新学期という日。この四日間もばっちり上条の部屋にお世話になっていた美琴は、今日は常盤台に申告した帰宅日なので帰らなくてはいけない。神奈川の実家から帰る時に美鈴の「よく帰りたくないってだだこねなかったわね」発言に「そんな子供じゃないわよ!」と堂々と言い放ったのだが、もう今や完璧に子供に退化しているようだ。 実家から出る時にはまだ美琴の中には上条との同棲ライフが待っていたのでまだ持ちこたえられたのだが、今日からは常盤台の門限上お泊り無しの生活が始まる。 なので美琴はだだをこねていたのだ。上条なら何とか言えば泊めてもらえると思ったのだが、美琴の予想に反して上条はダメの一点張りだ。上条サイドからしたら門限がないから泊めてあげてただけなので、今日は帰らせないと美琴にも悪いのだ。 「美琴たん。分かってくださいよ、もういっぱい遊んだじゃないですか」 「まだぁ…、もっどいっばいあぞぶー…」 「じゃあ明日の放課後にでも―――」 「ぶぇぇぇ…」 「あああぁぁ…わーったよ、しょうがねぇなぁ……」 「ぇぇぇ…?」 「寮まで送ってやるから」 「ふにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!?????」 美琴は上条の正面から無視すんなやコラー!タックルを決め、床に押し倒した。不意をつかれた上条は久しぶりのタックルにぶふっと言う。その後美琴は真っ赤な顔を見せるが、あの時とは大分表情が違う。あの時は恥ずかしさ100%って感じだったが、今回は…えっと、うん。とにかく恥ずかしくて顔を真っ赤にしてるわけではなさそうだ。 上条も何とか泊めてあげたいと思う。この部屋に帰ったらやろうとしていた冬休みの課題も美琴先生の教えで2日とかからなかったし、思わずプロポーズしてしまう程のおいしい料理も食べさせてもらった。…が、しかし! くっ…! なので上条は秘密兵器を出す事にしたのだ。 「美琴」 「…ふぇ?」 上条がポケットに手を入れてゴソゴソとしだすと、一度見せた真っ赤な顔を上条の胸に押し当てていた美琴もゆっくりと顔を上げる。もう上条のシャツは美琴の涙でぐっしょりだった。 「これなーんだ?」 「…!」 上条がポケットから出したもの。それは――― 「それ…、鍵…よね」 「そう。この部屋の合鍵です」 「!!!」 「さぁどうする美琴たん! 今日帰るのならこの合鍵をあげようじゃないか!」 「うっ…! 今日泊まって、その鍵も貰うっていうのは…?」 「そんなのダメに決まってんでしょ!」 「うぅ…、でも…」 「あー、もう選ぶ時間がー」 「ふぇ!? あああああああああのっ…!」 「はい。美琴たん」 「…………………………………………………………………………………鍵、ちょうだい」 「…じゃあ今日は帰るんだな?」 「……うん」 「鍵貰ったからって明日から泊まるってのも無しですよ?」 「…」 「あ、あれ? 無しですよ?」 「…うん」 「じゃあ…、ほら」 「えへ」 こうして美琴嬢は帰っていったのだ。部屋は違えど、この指輪ある限りお互い好いている限り上条美琴に変わりはない。 か、彼氏が合鍵をくれるって事はアレでしょ? いつでもおいでって事でしょ? えへ、えへへ。 ――――が、そんな上条美琴さんにも立ちふさがる壁があった。それは常盤台女子寮208号室にて起こる。 その壁とは美琴の久しぶりの帰宅に歓喜する白井ではなく(お預けを喰らって開放された犬のように盛んになってはいるが)寝る時の、そうパジャマに問題があったのだ。 上条の寮に寝泊りする際にはやはりと言っていいワイシャツを借り上条の隣で彼を抱き枕にして寝ていたのだが、今日は上条もいなければワイシャツも無い。こんな状態ではとても寝れたもんじゃない。 「(ほ、ホントに寝れない…。どうしよう…)」 美琴は冗談ではなく、本当に寝れないらしい。お風呂に入った後だし、上条の匂いがなくなってしまったのだ。美琴は家事においてはパワーアップしたが、対上条属性に関してはこの上なくダウンしていた。 冬の寒さも相まって一緒にいるだけで感じる上条の温かさも、全身を包んでくれているようなワイシャツも無い。美琴は関心した。実家に帰る前の自分を。アンタすごいわね。どんな能力者? 「(うぅ…、当麻に会いたい…)」 美琴は何度も何度も寝返りをうっては当麻当麻とモジモジする。体も分かっているのだ。今の自分には上条当麻が足りないと。でも今日は寮からは出れないし我慢するしかない。美琴はこんな状態になるなら上条のワイシャツだけでも封印した方が良かったと多少なりとも自分に後悔している。そういえば実家に帰った2日目でも美鈴に注意されたような…、あぅ…。 だって気持ちいいんだもん。全身で当麻を感じれるんだもん。あうあう…。 ところで隣のベッドの白井はどうしたのだろうか。寝る前に土産話(つまりは上条との生活の話)をして以来真っ白になって動かない。まぁ…、変に襲われるよりはマシだけどさ。 すると寝れずにいた美琴のゲコ太携帯が何かを受信したのか着信音を奏でた。美琴はビックリしたが、白井を起こしてしまうと何かと面倒なのでイントロクイズ並の速さで着信音を消す。その美琴の顔は頬を染め、笑み一色だった。何故か。それは聞き慣れた上条当麻だけのメール着信音だったからだ。 美琴はドキドキとそのメールを開くと――― Time 2011/01/07 01 22 From 当麻 Sub ――――――――――――――― おやすみ美琴 「えへ」 上条のメールはたった6文字だったが、今の美琴には十分な内容だった。今寝れば上条と一緒の夢を見れるかもしれないし、自分が寝れないのを分かっててメールしてくれたのかもしれない。 それは美琴には分からないが、そう考えるだけで離れていても上条はずっと傍にいると感じさせてくれる。 美琴は小さく笑うと上条に返信し、画面を待ち受けに戻した。そこには内緒で撮った上条の寝顔があり、美琴に安心を与えてくれている。さらに安心で思い出したのか美琴は携帯を閉じるとクリスマスの時にプレゼントされた指輪に手をかけた。これこそが美琴にこの上ない安心を与えてくれる。 指輪を見てさらに頬を染めると、美琴はゆっくりと瞳を閉じた。さっきまでの寒さはない。さっきまでの寂しさもない。今は常盤台のベッドの上にいるが、美琴は上条を感じる事が出来る。 「えへへ」 美琴はもう一度小さく笑うと心地よい睡魔に襲われ夢の中へと入っていった。その安心を感じるようにしっかりと左手を抱きしめて。 おやすみ、当麻ぁ…。 こうして上条当麻と御坂美琴のいちゃいちゃ年末年始は終わりを迎えた。机の上には先程上条から貰った鍵と一緒に美琴のお気に入りゲコ太キーホルダーがキラキラ輝いていた。 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/11月22日は何の日?
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/791.html
前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある未来の・・・ 2.初めて 「……朝?」 突如閉じた瞼から光が入ってきた事を感じて目を覚ます。 視界は数秒ぼやけていたが、自分のいる場所が常盤台の寮であると分かる。 「黒子……?」 ルームメイトの名前を呼んでみるが返事はない。 どうやら出かけてしまったようで、ハンガーにも制服がかけられていない。 美琴は風紀委員(ジャッジメント)の仕事でもあるのだろうと判断してベッドから体を起こす。 「……昨日……は?」 ふと、自分が昨日の自分を振り返る。 だが、それと同時に頬が一気に熱くなり、またベッドに倒れこんでしまった。 (アイツに……だ、抱きしめられた!!?) 昨日の夜、美琴は未来からやってきたと言う三人の子供たち出会った。 そして、その帰り道、美琴が常盤台の辺りまで来たときに上条に抱きしめられたのだ。 もっとも、美琴は告白まがいの言葉まで言っているがそれを凌ぐ(正確には忘れさせる)破壊力があった。 「うぁ、ああああああああああああああああああ!!」 ルームメイトがいないのをいい事に叫んでしまい ベッドの端から端までを落ちない程度に寝返りを打つ。 (ど、どうしよう、抱きしめらた……!きょ、今日はどんな顔で会えばいいのよ!!) いままで鈍感で好意を持っていたのに気づかないような男性にいきなり抱きしめられた。 初恋の相手であって、しかもその男性が自分の理性を壊すほどの人ならば レベル5と言っても純情な乙女である美琴には今日顔を合わせるのすら超えられないくらいの壁だった。 と、悶々しているところで突然「ゲコゲコゲコ」とカエルの鳴き声が耳に響いた。 「ひゃっ!」 いつも聞いているはずの音なのに普段出ないような声が出てしまう。 恐る恐るカエルの鳴き声の着信音がするゲコ太の携帯を手に取り誰からの連絡か確認する。 「ア、ア、ア、アイツからメール……?」 それは彼女が悶々としている原因の少年、上条当麻からだった。 のろのろとメールの受信画面から振り分けボックスの『馬鹿』の項目を選んで新着のメールを開いた。 「さて、とただいまからお食事を作ろうと思うのですがいかがいたしましょう、姫?」 上条当麻はメールを送り終えると、真っ白な修道服に身を包んだ少女に問いかけた。 時刻は十一時をさしていて、昼食にはまだ少しはやい位なのだが、今日は昼から予定があるので早めに作ったのだ。 だが、肝心の修道服の少女は、部屋の中央で荷造りを始めていた。 「あの~インデックスさん?何故荷造りを始めてるんでせう?」 その様子が非常に恐ろしくて、声をかけてみる。 インデックスと呼ばれた少女はゆっくりと振り返ると 「とーま、昨日言ったよね?」 なんだか、異常に目が輝いていた。 「昨日?なんか言ってたっけ?」 上条には覚えがなかった、そもそも人生でベスト10に入るくらいの大事件が起きた次の日なので 少女が荷造りを始める理由は上書き保存されてしまっている。 「今日からこもえとあいさの三人で食べ放題!飲み放題!一週間春の幸祭りにいくんだよ!」 今にも飛んでいきそうな勢いの元気なのは食い放題が理由だったようだ。 「あ……そー、いえばー」 そういえば、一週間くらい前から毎日その事を言われていた気がした。 上条の担任である月詠小萌が彼女の専攻である発火能力(パイロキネシス)の研究が最近評価され 証をとったらしく、その副賞に一週間『外』への旅行券をもらったと言う話だったはずだ。 「まー、警備員(アンチスキル)とかに捕まらないようにな」 「とーま!私のどこが怪しいって言うの!?」 「だああああああああ!わかった、わかった!早く行かないと置いてかれるぞ!?」 服装からですが!?とツッコミを入れてしまいそうだったが なんとか我慢して、荷造りを終えたインデックスを送り出す。 インデックスは最後まで怒っていた様子で上条を睨んでいたが 寮から出て小萌先生の住むアパートへ向かう頃には上条のほうを向いて笑顔で手まで振っていた。 (……タイミングいいっつーか、問題はこれで消えたな) ふぅ、と息を吐き、閉めた玄関のドアにもたれる。 問題、と言うのはあの三人とメールを送った人物の美琴の事だった。 (インデックスには悪いけど、仕方ないよなぁ) 正直、インデックスにはかなり不快な思いをさせるかもしれないし 少しの間だけでも離れさせる方法は一夜では思いつかなかったので上条はかなり安心していた。 メールの内容は必ずインデックスが怒るものだったからだ。 (御坂を家に入れるなんていったら多分頭を噛み砕かれるだろうからなぁ) あの三人も来る予定なので、いつもの三倍噛まれるのは必至だ。 もう一度、ふぅ、と息を吐くとこれから家に招く四人を思い 同時にインデックスに心の中で謝りながら昼食も作らず 四人を迎えにいく準備を始めた。 時刻は昼の一時をさす頃、上条は待ち合わせの場所、昨日美琴が能力を暴走させた公園まで来ていた。 ただ、彼の足取りは重い、待ち合わせに自販機の前を指定したのはいいが 公園に向かう途中に昨日自分が何をしたかを思い出してしまったのだ。 (会うのはいいけど会って何話せばいいんだ!?御坂だけが来てたらかなり気まずいぞ!?) 会う約束をしてしまったのはもう仕方ない事だが、 上条は先にあの三人組がいることを祈りつつ公園内に入った。 「げっ!?」 嫌な予感は的中した。 御坂美琴が自販機の前でキョロキョロと忙しなく辺りを見回していた。 待ち合わせの時間まで後三十分近く時間があるにもかかわらず、だ。 (上条も気持ちが逸ってしまい、かなり早く来てしまったのだが) (まだ、気づいてないよな?) 美琴の視界に入らないように後ずさりをして公園の出口へ向かう。 やっぱり三十分後にしよう、そうしようと自分を言い聞かせながら 公園出口直前まで来たところで (……猫?) 公園に入った直後には気づかなかったのだが 美琴が辺りを見回しているのは待ち人を探しているのではなく 人が近くにいないかを確認していたようだ。 上条は悲しい気持ちがしないでもないが、美琴に見つからないように木の陰に隠れた。 (なんか変態さんみたいだな……) 周りに人がいたら上条は確実に風紀委員か警備員を呼ばれお縄についていただろうが 幸い人のくる様子はなかった。 美琴は猫に手を伸ばすが、猫のほうが怯えてしまっていて美琴と距離をとる その開いた距離を美琴が詰めるが猫はやはりその分だけ距離をとってしまう。 (な、なんなんだ、あの可愛い生物は!?ほ、ホントに御坂か!?) 必死に猫を手で招いているが、猫は逡巡しながらも近寄ろうとはしない。 その構図がなんともいえないもどかしさと可愛らしさを演出していて 上条の本能を刺激していた。 (ち、近寄りたいが、近寄れな……って、あれ?) さっきまで寄りかかっていた木がなくなっていた。 上条の寄りかかっていた木は細い木だったのだが、かなり老木だったのか 見るも無残な形で見事に近くにあった気にもたれて折れていた。 「うっそ、だろ?ぎゃあああああああああああああ!」 バランスを保とうとしたところで、柵に足を引っ掛け 盛大に上条はこけてしまった。 「何してんのよ……アンタは!」 どうやら、お嬢様に見つかってしまったようだ。 目の前には、ツンツン頭の少年、上条当麻が地面に倒れている。 待ち合わせには後10分くらい余裕があるだろうか、美琴は上条が時間より早く来ていたことに驚いていた。 「ちょっと、へ、返事しなさいよ!」 上条は数秒何かに悩んでいたのか倒れこんだままだったが やれやれ、と呟きながらゆっくりと立ち上がった。 「えーっと、猫とコミュニケーションをとろうとして逃げられる健気な美琴タンを観察していました」 「――――な!?あ、あんた!始めっから!?」 人が近づいて来たら、彼女の電磁センサーが知らせるはずだが 猫に集中しすぎてしまったようだ。 (しかも、コイツいま私のこと名前で――――!?) 上条がいつからいたのか、名前で呼ばれたこと、恥ずかしい姿を見られたこと、と 様々な事柄が美琴の頭をぐるぐると回っていて、考えがまとまらない。 「おーい、御坂……?」 「ひゃっ!ひゃい!?」 ビクッ!と体を硬直させて返事をしてしまった。 上条は先ほどから様子のおかしい美琴を心配してか彼女に近づいていく。 「ん……!?」 「顔赤いけど、熱はないみたいだな」 額に手を当てられた。 右手で美琴の額を押さえて、あいた左手で自分の額も押さえて熱を測っている。 それだけならよかったのだが。 (ち、近い!?何でそんな近くでやんのよ!?) 少し体を伸ばせば、キスが出来てしまうくらい近い距離だった。 ただ、上条はそんなことには全く気づかない。 「大丈夫か?」 呑気に聞いてくる。 「ぅ……うん、だい、じょうぶ」 内心全く持って大丈夫ではなかったが、何とか理性を保って答える。 「あ……」 答えると同時に額から手が離れた。 上条の手の体温も離れていってしまい、妙に切なさが残った。 「……もう少しであいつらも来るかな?」 上条が公園にある時計を一瞥してそんなことを言った。 美琴も時計を見る。時刻は1時半を指していた。 「そういえば、今日は何処に行くの?」 待ち合わせの時間になったはいいが、美琴は肝心なことを聞いていなかった。 メールにも『一時半に公園に来てくれ』としか書かれておらず 美琴も期待や想像(妄想?)をするだけで聞こうとはしなかったのだ。 「ん?言ってなかったっけ」 「言ってないわよ」 上条は何故か照れたようにポリポリと頬を掻く。 顔も少しだけ赤かったが、美琴は気づかなかった。 「……俺んち」 ……その時、美琴の中で時間が止まった。 彼女の後ろから「あー、いたいた」とか「遅れてわりぃ」とか「パパーママー」と言う 声が聞こえた気がしたが、耳に全く入って来なかった。 「おぉ!ここが親父の住んでいた学生寮か!」 一人はしゃいだ声を出しているのは上条当麻の一人息子(の予定)の当瑠だ。 その声があまりにも大きかったので、部屋から住人が顔を出すのではないかと 上条は内心ひやひやしたが、どうやら寮内には隣人の土御門を含め留守にしているようだ。 こんな偶然があるのだろうか?と疑問に思ってしまったが考えていても仕方ない、と判断し いつ大きな声を出すか分からない少年を押しながら自分の部屋に入った。 「お邪魔しまーす」 鍵を開けて一番初めに入ってきたのは美詠だ。 その次に当瑠がはいったのだが、美琴と美春が中々入ってこなかった。 「どうした?」 美琴は美春と手を繋いだまま俯いていた。 美春は美琴と上条を何度も見ながら「はやくはいろー」と言っているが 美琴が入ってくる気配はない。 「……ほら、入れよ」 美琴の腕を持って引っ張る。 「あ、ちょっと!!?」 彼女は驚いた様子だが、気にせずに玄関を上がらせて 五人では少々狭い居間に押し込む。 「一応、鍵は閉めて、と」 隣人の土御門はまるで自分の部屋かのようにドアを開けてくるので 用心してドアの鍵を閉める。 そして、居間に行き、美春を抱いて座っている美琴の隣に腰を下ろした。 「で?お前ら聞かせたいことがあるっていってたよな?」 「あぁ、やっぱそのことか」 当瑠は予想していたのか、別段表情を変えなかった。 上条は昨日の夜大まかに説明を受けたのは美春の能力くらいだったので 当瑠や美詠の未来の話には興味があった。 「聞きたい?」 「……聞きたい」 答えたのは上条ではなく美琴だった。 今まで黙っていたので上条は少し驚いた。 「じゃぁさ、まずこの写真見てよ」 写真を取り出したのは美詠だ。 上条と美琴は机の上に出されたそれを食い入るように見た。 写っているのは、髪の毛をツンツンさせた三十代くらいの男性と 茶色の髪で男性と同じくらいの年の女性が、笑っている写真だ。 ……どこをどうみても上条と美琴だが、今のような幼さはなく 成熟した大人の印象はしっかりとあった。 上条は写真を見ている時、隣にいる美琴をチラリと見て 写真の女性の顔を確認したり、美琴の体のほうに目線がいってしまい ドキリ、としてしまったが、美琴の方はいつになく真剣な目で写真を見ていた。 「まずは、これで二人が結ばれるって事は信じてくれたかな?」 美詠がそんなことを言ってきた。 上条と美琴は目が合ってしまい顔を赤くしてそらし、頷いた。 「ま、そのことを踏まえたうえで、これから話すことを聞いてくれよ」 当瑠がニヤニヤしながら言ってきた。 上条はその表情に得体の知れない不安を感じた。 「お、おい……なんか嫌な予感がするんだが!」 「じゃっ、二人がどれだけいちゃいちゃしてるか言っちゃいますかねー」 「いぇーい!美春もききたーい!」 やけにテンションをあげてる息子と娘。 上条の不安はどうやらまた的中してしまったようだ。 美琴のほうを見ると彼女もまた上条と同じ気持ちで不安そうな表情をしていた。 「じゃー、まず朝起きた時に……」 「「や、やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」」 その後、たっぷり三~四時間くらいかけて拷問のような地獄が続いたのは言うまでもないだろう。 戦いは終ったと御坂美琴は確信した。 悪魔の口から悪夢のような言葉の数々が途絶えたからだ。 (私は、長く苦しい戦いに勝った!) 悪魔は今までにないほどに強大で凶悪だった。 しかし、美琴は負けるわけにはいかなかった、負ければ自分が自分でいられなくなるのだ。 そして彼女は勝利した、勝利をかみ締めると共に隣で同じように戦った戦友を見た。 「う、うだー」 戦友は机に突っ伏した状態でうな垂れていた。 疲労は彼女以上にあるのかもしれない。 思えば美琴自身よりも隣の戦友、上条当麻のほうが悪魔からの攻撃を多く受けていたような気がする。 「ちょっと・・・・・・アンタ大丈夫?」 突っ伏したままぶつぶつと色々呟いているので流石に心配になったが 彼の体を触るのにはためらいを感じた。 悪魔の攻撃は予想以上に自分を奥手にさせてしまったらしい。 「御坂さん、上条さんはもうダメかもわからんです」 今ならアニメやマンガで使われる『チーン』と言う擬音も当てはまるのではないかと美琴は思った。 「いやー、予想以上のダメージですなー」 悪魔の一人目、当瑠は達成感に満ちた顔だ。 戦友の上条に似ているせいなのかイラッときたが笑っている顔も似ているので直視は出来ない。 「お母さんも顔真っ赤にしちゃって、可愛いな~」 悪魔二人目、美詠も当瑠ぐらいに笑顔になっている 上条と美琴の反応に満足した様子だ。 「ママ、かわいいー」 ……小悪魔も混じっているようだ。 「あ、あんた達覚えてなさいよ」 馬鹿にされたのが悔しくて、負け犬かそこらのかませ的台詞を吐いて もう、今ここで焼っちまうか、と思い直すが。 ぐぅ~。 腹減りアピールをしてきた人物がいた。 「・・・・・・アンタ、お腹空いたの?」 その人物は上条だった。 「か、上条さんは昼食をとっていないのですよ」 攻撃されていた時とは別の疲れを見せる上条。 「どうして、食べなかったのよ?時間ならあったでしょ?」 「うぅ、そ、それはですね・・・・・・」 食べなかった原因は美琴自身にもあるのだが 美琴はそれには気づかないし、彼女は何も悪くないが。 「・・・・・・じゃぁ、ご飯にする?」 ぱぁっと上条の表情が明るくなっていき、突然立ち上がった。 「おぉ!おい、お前ら準備しろ!飯食いに行くぞ!」 上条は外食に行く気満々らしい。大笑いしている三人組に声をかけ 意気揚々と言う言葉がぴったりの調子でサイフを手に取ると玄関へ一目散へ駆け出した。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 上条に続いていく当瑠と美春を引き止め、玄関で靴を履こうとしている上条を 掴んで元いた居間に引き摺り戻す。 「な、なんでせうか?早く行きたいのですが」 「誰が外食って言ったのよ!!馬鹿!」 美琴は自分の体温が上がっていくのを感じた。 きっと頬は真っ赤になっていて、目も泳いでいるのだろうと考える。 「他に何があるんだよ?」 「このクソ鈍感野郎が気づけよ馬鹿が」 罵ったのは美琴ではない、美詠だった。 美琴は驚いて美詠をみる。 美詠に罵られた上条は更にわからない、と言う顔をした。 「ほら、お母さん!言ってやって下さい!」 「え?あ・・・・・・う、ん」 逆に話を振られて美琴はどもってしまった。 正直思い返してみると外食のほうがいいのではないかと思ってしまった。 美琴が思い描いた光景はまさしく家族や夫婦のそれだからだ。 「わ、私が作るわよ、夕飯!」 対する上条の返事は 「へ?」 間抜けなものだった。 「はー、腹減った・・・・・・」 上条当麻はスーパーの袋を片手にもう何度目になるか分からない呟きを洩らした。 夕食を作ると言った美琴だが、上条の家の冷蔵庫に何もないのを確認して買い物を頼んだ。 お腹空いてるんでむりですといったら問答無用で電撃が飛んできたので音速にも勝るような速度で土下座をして家を転がり出たのだ。 「・・・・・・あと少しなんだから我慢したら?」 家を出てきたときについてきて隣を歩いているのは美詠だ。 先ほどから同じ事ばかりつぶやいている上条にそろそろ呆れている表情で ダラダラと歩く上条と歩調を合わせている。 「そんなことを言われましても家についても一時間ぐらいかかるだろ? 上条さんはもう限界が近いのでそんなに待てないのですよ」 育ち盛りの男子高校生なめんな!と胸を張る上条。 「・・・・・・はぁ、ホンッとにアイツそっくりね」 上条の態度に溜息をつく美詠。 だが、上条は気になる事があったのかキョトンとした顔になると 「ん?アイツって、誰だ?」 自分と似ている人物となると当瑠ぐらいしかいなのだが 上条にはそっくりの人物像がうまく浮かんでこなかった。 「な、なんでもない!さ、早く行きましょ」 美詠は何故か顔を真っ赤にして腕を振り回し始める その行動に「?」となる上条だったが 「まぁいいや・・・・・・」 そう言ってそれ以上追求をしようとはしなかった。 少しだけ沈黙する二人。 先ほどよりも少し速くなった歩調だがまた上条が口を開いた。 「・・・・・・そういやさ、疑問に思ってんだけど」 「・・・・・・何?」 「いや、美春の能力は説明されたけど、当瑠や美詠の能力は聞いてなかったなって思って」 出会ったときから聞きたかった事を聞く上条。 「・・・・・・知りたいの?」 「一応は」 ふぅん、と美詠は呟いたが、その後何もしゃべらずに周りを見回すだけで 話の続きをしようとしない。 「話してくんないの?」 「まぁ、いいんだけどね・・・・・・とと、信号赤か」 二人が通る目の前で信号が切り替わり、横断歩道前でピタリと止まる二人。 美詠の素振りは説明をしたくないと言うより、獲物を探すような顔つきだった。 「実際に見せたほうが分かりやすい能力なのか?」 「まぁね、演算の説明とかしても分かんないでしょ?」 「うっ――――!」 痛いところ突かれる上条。 常盤台と言っても年下の女の子に説明されるのは物凄く恥ずかしい上に 美詠の言うとおり物理演算とかベクトルの理論とかを大まかにで説明されても 理解できる気がしなかった。 「はぁ、じゃぁ、見せてくれよ」 「んー、でもなぁ・・・・・・」 「待ちなさい!!」 誰かの慌てたような声が迷っている美詠と上条の後ろでする。 何だと思って振り返ると美春と同じくらいの年の男の子が上条の隣を走りぬける瞬間だった。 「な!?」 信号は赤のままだ、そして一台の大型のトラックが少年に向かって走ってきている。 トラックは無人のAI操作のトラックなのか止まる気配はない。 距離がどの程度かは分からないがトラックはかなりの速度で少年との距離は詰めている。 「くそ!」 駆け出したのは上条だ。 走ってきた勢いのまま少年を突き飛ばす。 飛んだ距離は大した事ないがトラックの幅を考えれば十分に少年は無事になる。 あくまで少年だけだが。 トラックとの距離は人間の反応速度ではとても避けれないものとなっている。 (・・・・・・俺が死んだら当瑠たちはどうなるんだろうな) ふと、そんな事を思ったがトラックは上条を轢かず 突然不自然に傾き吹き飛んだ。 「・・・・・・!!」 何トンあるか分からないトラックは誰もいない歩道に吹き飛び ひしゃげた形でそこに鎮座した。 「私の能力ってさ、ちょろっと特殊なのよね」 息を呑み、トラックが吹き飛んだ方向とは逆のほうに顔を向ける。 「空力使い≪エアロハンド≫じゃないわよ」 上条の近くまで来て手を握り、立ちあがらす。 「能力名は『吸収構築』≪ドレイン≫、吸収したものを私のイメージした物質として作り直す能力 今のは空気中の風を吸収して固形の『砲弾』に再構築してぶっ放したのよ」 騒ぎを聞きつけて人が集まり始める。 警備員を呼ぶためか、吹っ飛んだトラックの状態を撮影するためか携帯を取り出している人もいるが それを気にすることなく美詠は話を続ける。 「私は未来の学園都市に四人しかいないレベル5≪超能力者≫その第三位」 そこで一度息を吸う。 「創造者≪クリエイター≫、そう呼ぶ人もいるわね」 どこかの誰かと同じ場所に君臨するその少女はニヤリと笑った。 「それで?警備員にアンタは捕まって、こんなに遅くなったと・・・・・・」 空はすっかり黒く染まった午後八時。 上条当麻は玄関口で仁王立ちしている御坂美琴にお説教を受けていた。 お説教とは言っても上条自身は何も悪くないし、むしろ人助けをして感謝される立場だ。 だが、現実は厳しい。 上条は警備員に犯罪者扱いされ、美詠にはいつの間にか逃げられていた。 そのせいで、説明をされ、一時間たってやっと解放されたのだった。 「外の警備員、内のビリビリ、不幸だ・・・・・・」 「ちょっと!何、溜息ついてんのよ!」 美琴の頭から青白い光が発生する。 上条はいつも通りの美琴の反応に本日二度目の音速土下座を発動させた。 「ちょ、ちょっと待て!電撃は勘弁してくれ!多分今の上条さんには貴方様の電撃に反応できません!」 「・・・・・・じゃぁ、今日は私がアンタに初めて勝つ記念日になるわね」 青白い光が更に強くなり、美琴の髪の毛が逆立ち上条の視界を照らす。 「あー!上条さんは早く御坂さんのご飯が食べたいです!」 空腹状態であることと、美琴が食事を作ってくれると言う話を思い出して 咄嗟に話題を変えようとわざと大声で言う。 「・・・・・・え?」 今にも爆発しそうだった美琴の青白い光が休息に止まっていき 逆立った髪の毛はパタリと倒れた。 「・・・・・・あ、アンタ、そんなに楽しみだったの?」 なんだか急に大人しくなってもじもじと指をからませる美琴。 端から見れば可愛らしい動きだ、しかし上条には命がかかっている これはチャンスだと思って一気に畳み掛けた。 「あ、あぁ!上条さんは御坂さんの作ってくれる食事が楽しみで楽しみで仕方ないんですよ いやー、一体どんな料理を作るのかな~、早く食べたいなぁ~」 「そ、そう・・・・・・そっか・・・・・・じゃ、じゃぁ作るから、あの子達と待ってて」 フラフラとしながら狭い学生寮のキッチンに美琴は入っていった。 (た、助かった・・・・・・?) 安心と疲れでしばらくはそこから動けなかった。 「~~~♪」 キッチンから美琴の鼻歌が聞こえてくる。 常盤台は中学卒業後には社会に適応できる人材を作るのを目標としている その為、能力開発だけでなく学習のレベルも大学生クラスの内容となっているので 社会人になって一人暮らしをする生徒たちは料理を学ぶ調理実習をするだろう。 (その実習内容が庶民的な料理であるかは謎だが) 食事が寮の食堂で取れるお嬢様学校とはいっても、それ以前に女子校である常盤台で料理が出来そうないのは 天然の箱入り娘くらいではないか?そう考えた上条だが。 (・・・・・・普段から作らないから怖いんだよなぁ) 要は経験値が貯まっているかどうかだった。 授業で習ったことを一人で実践に移すにはそれなりの積み重ねが必要だし 今はそれなりに料理が出来る上条自身も料理を作り始めたときは失敗の連続で 食材を無駄にしてゲテモノを作ってしまったこともあった。 つまり上条が言いたいのは。 (レベル一のまま装備も整えずダンジョンに入るのと同じなんだよな) ゲームに置き換えればそういうことである。 ちょっぴり自分が無事に生き残れるか心配になった上条だった。 「パパーどうしたの?げんきがないよ?」 「ん?」 考え事をしているといつの間に上条の懐に入り込んだのか美春が顔色を伺っていた。 「ちょっと考え事してただけだ」 そう言って、頭を撫でてやると美春は嬉しそうに笑って満足げにしている。 「美春は機嫌がいいな、いい事でもあったのか?」 「ママのつくったごはんたべるのひさしぶりだもん!」 わーい、と美春が両手を挙げて喜びを表現する しかし、そこでふと疑問が浮かんだ。 「久しぶりって・・・・・・御坂の奴何してんだ?育児放棄かよ」 多少不穏な未来を浮かべてしまう上条。 「違う違う、親父の仕事手伝ってんだよ」 美詠とテレビを見ていた当瑠が振り返って言う。 「手伝いって・・・・・・未来の俺一体どんな仕事してんだ? つか御坂と同じ仕事してんのかよ?」 卒業してエリート街道を突っ走る常盤台のお嬢様と 赤点量産で落ちこぼれの不良学生が同じ職場とはどういう事だ思うが そういうこともあるだろうとあまり深く考えない事にした。 「・・・・・・まぁね、職場の話はしないけど、飯のほうは美詠が時々つくってくれるし」 何の気なしに当瑠が言うが、隣でお茶を飲んでいた美詠がブーッ!とお茶を噴出した。 もちろん、当瑠に向かってだが。 「なにすんだテメェ!」 顔がびちゃびちゃになり怒りを露にする当瑠。 「ア、アンタが変な事言うからでしょうが!」 「何が変なんだよ!アホかお前は!」 ぎゃぁぎゃぁと叫びあいながら喧嘩をする二人。 「美詠は常盤台の学生なんだろ?寮生なのに大変じゃないのか?」 上条に疑問をぶつけられて、取っ組み合いになりかけた二人の手が止まる。 「・・・・・・ま、まぁ、毎日って訳じゃないし、その・・・・・・将来の勉強にもなるかなって」 美詠は顔を赤くしながらもじもじとし始める。 視線は泳いでいて、時々チラチラと当瑠の方を見ているのだが 上条と当瑠はそれに気づかない。 「将来って、お前もう結婚する相手でも決まってんのかよ」 上条は多少呆れた表情で美詠に問いかける。 「け、結婚!!?そんな事あるわけないじゃない!!」 「い、いやそんなに必死に言われましても困ってしまうのでせうが それに、お前ら兄妹なんだから別に寮生のお前が当瑠と美春に飯作るのなんて不自然じゃないだろ」 美詠がそこで、うぅと呻いて下を向いてしまった。 そしてそのまま何もしゃべらなくなったのだが、その沈黙を 「おーい、あんた等、ご飯できたわよ~」 実際に夕食を作っていた美琴によって破られた。 「どうよ!これが私の実力よ!」 ふふん、と自信満々にどうだ!と言う顔をする美琴。 上条はそれを見て苦笑していたが、盛り付けられた料理を見て驚愕した。 別に料理が特殊と言うわけではない、作られた料理は一般的な家庭でも見られる 大根おろしと和風ベースのソース仕立ての和風ハンバーグなのだが 出来立て感があるジュージューと言う音を立てているし、サイドに盛り付けられている ポテトサラダやそのほかの野菜、そしてついでに作られているコーンスープが 上条の空腹を更に刺激しているようで美琴の言葉も無視して料理を食べ始めた。 「・・・・・・ちょっと、聞いてるの?」 いただきますも言わずに食べ始めた上条に怒るが 「・・・・・・うまい」 「へ・・・・・・?」 「御坂・・・・・・これすげぇうまいぞ!! 上条さんは少しは料理が出来るつもりだったけど なんか自分の自信を壊されるくらい感動した・・・・・・!」 いつの間に食いしん坊キャラになったのか上条の皿にはもう夕食はなくなっていた。 「え?そんなに?うそ?」 疑問符しか出てこないが、美琴は素直に喜ぶ上条の姿が嬉しかった。 「あぁ、本当だ!」 「そ、そう・・・・・・ありがと・・・・・・」 美琴は上条が本心で言ってくれて作った甲斐があったと思う一方で 段々と気恥ずかしさがこみ上げてきた。 「その、子供たちも見てるから・・・・・・恥ずかしいんだけど」 「あ、わ、わりい」 上条もそう言われて冷静になり、美琴の方から視線を逸らす。 美琴もその視線を追ってみると、ニヤニヤ笑う三人組がいた。 「いやー、お暑いですなー、手料理一つでここまで褒めちぎるとは」 「い、いや、それは、その・・・・・・あまりの驚きで我を失っていたと言うか」 「でも、美味しかったんでしょ?」 「ま、まぁ・・・・・・」 「もっとたべたいよね、パパ」 「食べたいです!食べたいですから!もう私めをいじめないでー」 上条だけを苛め抜く三人組。 (未来の私たちも、こんな感じなのかなぁ) クスクスと若干苦笑い気味に笑う美琴、ただ未来の自分と上条を想像して 頭を何度も振って冷静さを取り戻そうとしたが、なかなか想像は頭から離れてくれなかった。 そして、上条がこの口撃の最中、一つの決心をしたことにも気づかなかった。 御坂美琴と上条当麻は常盤台の寮へ続く道を肩を並べて歩いていた。 食事を終えた後、時刻は夜の十時を回っていたが、泊まるわけにもいかず (上条の部屋にはあの三人組が泊まることになったので狭くなりすぎた) 一人で帰るといったら上条が送っていくと断っても譲らなかったので 好意に甘えさせてもらったのだ。 「な、なぁ、御坂」 「何?」 上条が美琴の方を見ずに話しかけてくる、声から少し緊張しているのは分かった。 「その、明日さ・・・・・・お前暇か?」 顔の方はあさっての方向を向いたままだ。 「え?・・・・・・ま、まぁ特に何も用事はないけど?」 答えている美琴の方も緊張が伝わってきてしまい なんとも言えない微妙な空気が二人を包んでいる。 「そっか・・・・・・じゃぁ、あのさ・・・」 まだ言うか言わないか迷っているのか上条の途切れ途切れとなっている。 「明日俺と、どっか、い、いかないか?」 「はぃ・・・・・・!?」 落ち着けと美琴は一度深呼吸する。 「そ、そうね!あの子達も過去の学園都市で遊んでみたいだろうし! 五人でどこか出かけるってのもいいわね」 「あ、あいつらは関係ねぇよ!」 「う、うぇ・・・・・・?」 上条が怒ったような声を上げる。 美琴は何故上条がそんな声を出したのか分からずに訳が分からないと表情でだしてしまった。 「あぁ、でかい声だして悪い、つまりだな、俺が言いたいのは・・・・・・その、あいつらと一緒じゃなくてだな」 「??」 ・・・・・・二人きりでどこか行こうと上条は誘ってきている。 そこまで考えがまとまったところで上条がえぇい!と意を決した声を上げた。 「御坂!!」 あさっての方向を向いていた上条の顔が急に美琴のほうを向き 美琴の両肩に手を置いて体ごと上条の方に向けさせられた。 「ふぁ!ふぁい!!?」 突然の行動に変な変な返事をしたが上条は気にせずに力強い目で言葉を繋げた。 「俺と二人っきりで明日、デートしてくれ!!」 普段の上条の口から出ないようなとんでもない言葉が出てきた。 (え?デートって言った?この鈍感男が?あっはっはー、ないない聞き間違いよね) いつもの上条なら美琴と一緒に外に出かけていても デートとは言わず、引っ張られて色んな場所を回らされている、位にしか思わないはずだ。 しかし、確かに上条はデートと言った、美琴を当然のようにスルーしてきた男がいきなり積極的になった事に 美琴の思考はどんどん冷静さを失っていく。 「ア、アア、アアア、アアアア、アンタががが、わた、わたしと、デデ、デートしたいって?」 噛み噛みで言葉を何とか搾り出す。 「あ、あぁ、お前と二人だけで、えぇっと、遊びに行きたいなぁ、なんて・・・・・・」 上条は妙なダンスでも踊るように体全体を動かして 言葉だけで伝わることをかなり手間をとって説明する。 「・・・・・・い、嫌か?」 上条が心配そうな顔をして美琴の表情を覗き込んでくる。 「・・・・・・嫌じゃない」 その言葉を聞くと心配そうだった表情が明るくなる。 「ほ、ホントか?よ、良かった、断られるんじゃないかと思った」 「こ、断るわけないじゃない!」 好きな人から誘われて、とは流石に繋げられなかったが 美琴は少しだけ素直に返事をすることが出来た自分にも喜ぶ。 そうこうしているうちに常盤台の寮が目前となってきていた。 寮の部屋に戻るのは安心できるが、美琴は寂しさも同時に感じていた。 「も、もう、大丈夫だな・・・・・・じゃぁ、俺は行くから」 行って欲しくない、と美琴は思う。 もう少しだけ一緒にいたい、とも。 「お・・・・・・おい・・・・・・どうした?」 美琴は上条の腕を掴んでいた。 離れていって欲しくなかったからだ、もっと一緒にいたいと思ったから 体が勝手に動いて無意識に上条の腕を掴んだ。 そして、そのまま上条の体を引っ張って、上条の胸に飛び込んだ。 「お、おい!!御坂!!?」 あからさまに困惑する上条。 いきなり引っ張られたのもそうだが、中学生とはいえお年頃の女の子に抱きつかれたとなれば 男性ならば少しは焦ってしまうだろう。 「た、楽しみにしてるから」 「は、はぃ!?」 「あ、明日のこと楽しみにしてるから私をがっかりさせんじゃないわよ!馬鹿!」 「え・・・・・・あ、はぁ、その、なんと言うか、あ、あんまり期待されると逆に緊張してしまうのですが」 美琴はそこで、ぎゅぅっと更に力強く上条を抱きしめた。 体が更に密着するので美琴の柔らかい部分の感触が上条の体に伝わっていく。 「!!みさ、御坂さん!!?あの、あた、あたって!!?」 「・・・・・・」 美琴は離れない。 上条がしっかりと約束するまで離す気は無かった。 「ちょっとーー!?聞いてるんでせうか!?上条さん的には嬉しいんですが! いや、でもちょっとそろそろ離して欲しいと言うか、私めの理性が!崩壊するうううううう! 訳の分からないことを言っているが、上条は無理やり引き剥がそうともしない。 美琴は反応が面白くなって強く抱きしめたまま体を少し動かした。 当然、上条の体には当たっているものが動くのでさらに緊張たように体を固める。 「―――――――――!!!?あああああああああああ!分かった分かりました! 私上条当麻は、あした御坂美琴を必ず楽しませますのでもう離してくださいお願いします!」 「本当?」 「本当です!」 そこで美琴はようやく体を上条から離す。 上条の緊張は一気に解けたのか、呼吸がかなり荒く、腕をだらんとさせていた。 「じゃ、じゃあね、また明日」 「お、おう・・・・・・じゃあな」 上条と別れて常盤台へと向かう足取りは軽かった。 (アイツが誘ってくれた、初めてのアイツとのデート・・・・・・) 嬉しくて嬉しくて寮の部屋に着いて、ルームメイトに怪訝な顔をされても何も気にならなかった、 その夜はお気に入りの寝巻きを着ても、ぬいぐるみを抱きしめても なかなか寝付くことが出来なかった。 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある未来の・・・
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/1352.html
前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox 九月の狂想曲 常盤台中学の待機所に戻った御坂美琴は上条当麻と仲良く厳重注意を受けた。 美琴達に厳重注意をしたのは美琴の担当教諭で、厳重注意を受けた理由は『男性の腕に抱き上げられてその姿が世界中継されるなど常盤台の学生としてあるまじき行為』で、厳重注意の内容は『他の生徒の父兄が動揺するので以後こういった行動は慎むように』だった。 常盤台中学は世界有数のお嬢様学校として各地より優秀な子女を預かる立場であり、お嬢様学校であるが故に品性、品格にいたくこだわるのが校風なのだから美琴達が叱られても仕方のないことだった。 何一つ言い逃れのできない状況で上条が『大覇星祭ということで浮かれていた、美琴が「借り物」であったため調子に乗りすぎた』とひたすら頭を下げたため、お説教は『気をつけるように』との定型句で打ち切られた。 だが美琴としては、先ほどまでの甘い気分も上条からのサプライズも粉々に吹っ飛ばされてげんなり、という気分だ。 担当教諭の言い分は正しいし、美琴も肯定する部分はある。 それでも叱るなら自分一人にして欲しかったと美琴は思う。 調子に乗ったのは美琴で、上条は美琴のわがままを聞いただけなのだ。 そして何より気に食わなかったのは、上条の去り際に担当教諭がぽつりと『ふん、無能力者(レベル0)が』と呟いた事だ。 常盤台中学の入学条件は最低でも強能力者(レベル3)と決められている。 つまりそれ以下の能力者はどれだけ人格的に素晴らしかろうが相手にしない。 無能力者など、常盤台の教師からすれば超能力開発という時間割り(カリキュラム)から外れた落ちこぼれに過ぎないのだ。 美琴もかつては無能力者(というよりはスキルアウト)をそう見ていたところもあり、あまり強く言えた義理はないが、 それでも。 その小さな事が、頭にきた。 心の底から。 そのたった一言で上条を切り捨てる教師の態度が許せなかった。 教師も、常盤台中学も、あるいは統括理事会でさえも『知らない』妹達と美琴の問題を、ただ一人命をかけて救ってくれたのはほかならぬ上条なのだ。 無能力者だから切り捨てても良いのではない。無能力者は無能力なんかではない。 無能力者が蔑まされるようなスキルアウトに走るのは個々の事情であり、無能力者だからと十把一絡げに扱わないで欲しい。 相手が自分の学校の教師でなかったら、上条の何を知っているといるんだと美琴は即座に雷撃の槍を叩き込んでいたかもしれない。 そんな事をすればもっと大事になるし、何より必死に頭を下げてくれた上条の顔に泥を塗る。 常盤台中学の模範生としても、学園都市第三位の超電磁砲としても、それ以前に上条当麻の彼女として絶対に取ってはならない行動だった。 もしも自分が常盤台中学の生徒でなかったら、と美琴は思う。 これが例えば初春飾利や佐天涙子の通う柵川中学校だったらここまで騒ぎにはならなかったかもしれない。 あるいは、美琴がとある高校の一生徒だったなら。 こんなところで上条が日頃口にする『中学生と高校生』の歪んだ例を目の当たりにして、美琴はほんの少し唇を噛んだ。 とにかく、後で上条に謝ろう。 美琴はそう思って、そこで不意に視線の束を背中に感じた。 恐る恐る背後を振り返ると、 「……へ?」 常盤台中学の生徒達―――早い話が美琴のクラスメートや下級生が熱い視線で美琴を見つめ、ぐるりと取り囲んでいる。 彼女達は常盤台中学『学内』学生寮の生徒だった。 つまり、美琴を取り囲む少女達は正真正銘箱入り娘達であり、美琴とは違う方向性で筋金入りのお嬢様達だった。 「あ、あれ? みんな何か私に用? ああ、えっと見苦しいとこ見せちゃってごめんね? ……あれ? 違った?」 お嬢様集団が醸し出す異様な雰囲気にたじろいだ美琴がひとまずの謝罪を口にすると、 「御坂様!!」 「私、感動しました!」 「素敵ですわ御坂様!!」 少女達は一様に感動や興奮を口にする。 美琴は訳が分からず首を傾げて、 「……はい?」 「御坂様と殿方がお互いを想い合いかばい合うお姿に私達とても感激いたしました! これがアガペーなのですね!! 愛って素晴らしいですわ!!」 「あの。アガペーって……」 肉体的な愛を『エロス』と名付けるのに対し、精神的な愛は『アガペー』と呼ばれる。アガペーとは見返りを求めぬ無償の愛であり、もっとも尊ばれる愛の形とされる。 ようするに、美琴を取り囲む少女達にとって教師に叱られながらも互いをかばう美琴と上条の恋愛が『崇高(プラトニック)』なものと映り、そこがどうやら箱入りお嬢様のツボに入ったらしい。 「いや私達は別にエロスとかアガペーとかそう言った高尚なもんじゃなくて……」 包囲の輪を狭め詰め寄る少女達に両手をわたわたと振って否定する美琴。 「さすがは御坂様。恋愛一つを取っても私達の良きお手本ですわ!!」 おかしな方向に気炎を上げたお嬢様軍団は美琴の言葉に耳を貸さず闇雲に美琴を褒め称える。 暴走した少女達をを止める術などもはや存在しない。 心の中で『処置なし』のハンコを押すと、美琴は小さく口の中でため息をついてからつまんなさそうに、 「……くろこー?」 「はいはい、ごめんあそばせ。失礼いたしますの」 美琴の合図を待っていたらしい白井黒子が女の子達の間に割り込み、美琴の腕を掴んで空間移動(テレポート)を実行する。 美琴が輪の中心からブン!! という音と共に姿を消すと、 「……あ、あら? 御坂様はどちらに?」 「また白井さんですの? どうしてあの方はいつもいつも……」 「御坂様ったら謙遜されていらっしゃるのでしょう。その奥ゆかしさも素敵ですわ」 少女達は口々に感想や文句を述べて、三々五々に散っていく。 美琴は白井に腕を掴まれて、少女の集団からほんの少しだけ離れた場所へ空間移動した。 少女達も慎重に辺りを見回せば美琴がそれほど遠くに移動した訳ではないことに気づけたのだが、常盤台中学にただ一人しかいない空間移動能力者(テレポーター)の判断力を高く見積もりすぎていたのだった。 美琴は隣に立つ白井に向かって、 「いつもいつも悪いわね。でも、私が困ってるって分かってるならもう少し早くに助けてくれても良かったんじゃない?」 「あれもたまには良い薬になるんじゃないかと思いましたの」 白井は後ろ手に何かを持ったまましれっと嘯く。 言葉の意味が理解できない美琴は首を傾げて、 「薬? それってどういう意味よ?」 「お姉様はご自身が超能力者である事を意に介さず、いえ、軽んじられていらっしゃるのは以前からですけれども、今回のはいささか度が過ぎていらっしゃいません? るいじ……もとい、公衆の面前で殿方に抱きついたままテレビ中継など破廉恥極まりないですわよ? 他の生徒ならいざ知らず、お姉様があのようなことをされたら先生方だってさすがに黙っていませんし、お姉様のファンを自称する生徒達があっという間に感化されることは火を見るより明らかですの」 そこで白井は一度言葉を切って涼しい顔で、 「と、わたくしがお姉様に一言申し上げる前にすでに囲まれていらっしゃいましたし、自身の行いがどれほど周囲に影響を及ぼすかは身をもって実感されたことでしょうから、これ以上についてはわたくしも口を噤みますの」 「はいはーい、毎度毎度のお説教ありがとうございます。ご心配をおかけしましたわねー」 美琴は再びげっそりした表情を作る。 さっきは先生で今度は白井か。 常盤台の模範生と呼ばれる少女は一日に二度もガミガミ言われて少々辟易していた。 超能力者の称号は美琴が目指したハードルの先でも、そのおまけでついてきた賛辞など美琴の知るところではない。 自分はただの女の子だ。恋だってするし、彼氏と一緒にはしゃぎたい。 美琴はそこで『うーん』と両手を挙げて大きく伸びをする。 ここでぶつぶつ言っても仕方がない。 美琴は気持ちを切り替えるべく自分の顔を両手でペチペチ、と軽くはたく。 白井は表情を和らげた美琴に向かって、 「お姉様。そろそろお召し替えをお願いいたしますの」 「ああ、もうそんな時間なのね。にしてもさ、これって本当に常盤台(うち)の伝統なの?」 「さぁ? わたくしは存じませんけれども」 手にした学ランを美琴にうやうやしく差し出す。 超能力開発の名門・常盤台中学では生徒の間で奇妙な伝統が存在する、らしい。 誰が言いだしたものなのかは全く見当がつかないが、曰く、 『大覇星祭では「彼氏持ち」の三年生が監督を務めるものとする』 とされている。 監督、と言ってもメガホン片手に常盤台中学が参加する全競技に張り付くわけではない。 監督が必要とされる競技にのみ、選手ではない立場で参加するだけの事だ。 「おそらくは『女子校育ちなのに彼氏がいるだなんて許せない』と僻んだどこかの誰かが始めた風習ではないかと思いますの。大方『彼氏から学ラン借りてこい』などと挑発して晒し者にするつもりだったのでしょう」 「その発想はさすがに考え過ぎってもんじゃない?」 白井の推測にいちおうツッコむ美琴。 白井は空間移動で美琴の背後に回り込むと美琴の肩に学ランをかけながら、 「お姉様もお姉様ですの。わかぞ……もとい、衣替え前の殿方さんに頼まなくても、黒子に一言言ってくださればお姉様を美しく彩る衣装をご用意しましたのに」 「試しにアンタに頼んだら、紫の生地にラメ入りでしかも背中に『愛裸舞優』とか変な刺繍が入った長ラン持ってきたじゃない。それに、アンタの学ラン受け取ったらアンタが私の彼氏って事になるじゃないのよ」 「ぐへへへ、それはそれで好都合ですの」 「……、」 美琴は妄想を滾らせる白井を無視して羽織った学ランに袖を通す。 借りてきた学ランを着てみて改めて美琴は思う。 上条は極端にがっちりとした体型ではないが、やっぱり男だ。 美琴より肩幅が広く、リーチも長い。 美琴は袖をまくって丈を調節しながら、 「うわー、分かっていたけどぶかぶかだわこれ」 背後では白井が白いたすきを美琴の肩から背中に向かって通し、交差させてちょうちょ結びに整え、 次に美琴の腰に軽く手を添えて、細かいプリーツの入った白いスコートを瞬時に履かせ、 そこから白井が前に回って美琴の胸元を軽く上から下になぞると学ランのボタンが次々と留められて、 最後に美琴の両手を取って、瞬きする間に白い手袋をはめさせる。 「お姉様、準備整いましたの」 「ん。ありがと黒子」 美琴はその場でくるりと一回転して全体を確認する。 スコートのプリーツが美琴の動きに追随して軽く舞い上がり、ふわりと落ちた。 まぁこんなものかな、と納得して、 「でさ、悪いんだけどちょっと連れてって欲しいとこがあんのよ。空間移動頼むわね」 「……嫌な予感が。いえ、むしろ嫌な予感しかしないのですけれども念のためにお聞きしますの。……どちらまで?」 「確か、うちらの競技が始まる少し前に二人三脚をやるでしょ? そこの競技場に行って欲しいの」 白井は軽くため息をついてからジャージのポケットから自分の携帯電話を取りだす。 細いスリットから飛び出した『本体』の液晶画面に競技案内のパンフレットを表示させて競技場の場所を確認し、 「……確かそれは『高校二年生』が出場する『二人三脚』であって、わたくし達常盤台中学は誰一人出場しませんけれども?」 一応の嫌味を言ってみるが美琴はそれを聞き流し、 「だから『悪いわね』って言ってるでしょ?」 「……短い時間ではありますけれどもお姉様とデートができると思うことにしておきますの」 白井は不平たらたらの表情で携帯電話をポケットに押し込み、美琴の手を握って空間移動で人混みをすり抜けてゆく。 とある高校の二年生が出場する、二人三脚の会場へ向かって。 一方その頃、とある競技場にて。 もうすぐ『二人三脚』が始まるとあって、出場する生徒達は肩を組んで走り出す練習や足を出すタイミングを話し合ったりしている。 出番待ちの生徒達に囲まれて、上条はしゃがみ込むと二つの足首を縛り付ける紐を調節しながら、 「あのさ。何で俺と吹寄が組むことになってんの? 確か俺は土御門と組むはずじゃなかったっけ」 隣で両腕を組んだまま仏頂面の吹寄制理に向かって話しかける。 吹寄は足元の上条をジロリと睨み付け、 「仕方ないでしょう。土御門がいきなり捻挫したんだから」 「だったら俺は出場しなくても良かったのでは? 吹寄だって運営委員で忙しいのに何も嫌々俺と組まなくたって」 「あたしは楽しい大覇星祭を成功させたいだけよ。それに上条、貴様は自分が去年の大覇星祭における白組のA級戦犯だと言うことを忘れたの? 貴様が去年の分まで白組に貢献できるようこうして時間を割いてペアに名乗り出てあげたんだから、むしろあたしの優しさに感謝して欲しいわね」 「そんな優しさいらねーって……」 去年はとある事件の結果初日からボロボロになるわ不幸の連発で心身共にズタズタになるわで、両親が見に来ているにも関わらず上条には全く良いところがなかった。 それら一連の出来事は全て上条の予定を無視して始まったことであり、そこでA級戦犯と呼ばれることは甚だ心外なのだが、 「土御門は今日一日使い物にならないから、土御門が出るはずだった種目は全部貴様の名前で再エントリーしておいたわ。せいぜい頑張ることね」 想定外の宣告にうげっ!! と驚愕の呟きを漏らす上条。 もはや立ち上がる気になれず膝を抱えて、 「……不幸だ」 「何をもたもたしているの? そろそろ待機列に並ぶわよ」 「ちょ、ちょっと待て吹寄。二人三脚ってのは二人の息を合わせて同時に歩くから二人三脚なんであって痛い痛い痛いまだ立ち上がってない俺を引きずるなって!!」 吹寄は上条を顧みることなく、自らの左足に上条をくくりつけたままずんずんと歩きだす。 美琴は白井と共にとある競技場に到着した。 目的はもちろん、二人三脚に出場する前の上条を一目見て、できれば激励するためだ。 白井は能力者達の二人三脚を見物しようと詰めかけた大勢の観光客達に混じって、 「『恋は盲目』と申しますけれども……」 人混みと美琴の態度、両方に対してうんざりめいた呟きを漏らす。 学生用応援席に向かうにはこの人混みを抜けなければならないので少々やっかいだ。 美琴は白井の嘆きも意に介さず、 「良いでしょ別に。あ、いたいた! ……って、何よあれ」 美琴の視線のはるか先で、上条は髪の長い巨乳の女生徒と肩を組んで出番を待っていた。 「アイツ……二人三脚の相手は男だって言ってたくせに……」 「あらあらまぁまぁ、わたくしのような恋愛初心者の目から見てもあの二人なかなかお似合いですわね。お姉様には劣りますけれどもスタイルもなかなか……って、ひぃ!? お、お姉様、群衆の只中でバッチンバッチン言わせないで欲しいですの! 漏れてます、電撃が漏れてますわよ!! どうか周囲の皆様避難を、避難を!!」 「ううう……あの馬鹿、私というものがありながら……またしても巨乳……」 「おおお、お姉様しっかりしてくださいまし!! よ、良く見れば女の方は大したことないですし嫌々組んでいるようですから大方パートナーの方にアクシデントでもあったのでしょう。ですからどうかお姉様、気をお鎮めになってくださいまし!!」 「うううう……」 美琴はガルルルと凶暴な唸りを上げんばかりに上条をひたと見据え、微動だにしない。 その時、上条は首筋に冷ややかな視線を感じた。 何だかチリチリと焼け付くような痛みさえ覚える。 上条は右手で首をさすりながらキョロキョロと辺りを見回し、 「……ん? 何だ? 誰かが俺を睨んでるような……げえっ!? み、御坂?」 突き刺さるような視線の持ち主は美琴だった。 遠くにいてもはっきりと分かる、鬼気迫る形相。 しかも全身に青い火花をまとわりつかせている。 美琴の周囲の人々が美琴を遠巻きにしているのも見て取れる。 上条は嫌な脂汗をダラダラと背中にかきながら、 「な、何で? 何でアイツはあんなに怒ってんの???」 「ほら上条、列が動くわよ。貴様もとっとと歩きなさい」 吹寄は自分の左足で上条の右足を引きずり、上条の左肩に自分の左手を回す。 その瞬間。 ギィン!! と音が聞こえるくらい美琴の表情が険しくなる。 上条は血相を変えて、 「ぎぇ!! ま、まさかアイツ、二人三脚で俺が吹寄と組んだのが気に食わないのか?」 「さっきからゴチャゴチャうるさいわね。さっさと歩きなさい!!」 「ま、待って吹寄! お、俺は今二人三脚どころじゃなく命の危機が痛い痛い痛い二人三脚なんだから歩く足を合わせる努力を、努力を!!」 上条が何故慌てたり顔色を青くするのか理解できない吹寄は、屠殺場へ家畜を連れ出すように上条の肩に手を回し、 それに比例して美琴の体を包む火花が放電レベルへと変わっていく。 上条は吹寄の動作に合わせつつ後ろを振り返って、 「こ、これは浮気じゃない! 誤解だ!! 浮気じゃないからそんなバチバチ言わせるなお願い頼む怒らないでああもう不幸だ――――――――――――ッ!!」 上条の叫びは群衆のざわめきにかき消されて美琴の元には届かない。 御坂美琴は綱引きが行われるとある大学のグラウンドに移動した。 というより、感電を覚悟の上で白井が空間移動でここまで引っ張ってきたのだった。 「お、お姉様……殿方のことは脇に置いて気持ちを切り替えてくださいまし……わたくし達の綱引きも始まることですから」 美琴の足元でうずくまる白井の体操服はところどころがうっすらと焦げている。 「わ、わかってるわよ。こっちはこっちの競技に集中しないとね」 美琴は両腕を組んで肩を聳やかす。 そう言ってみたものの、上条が髪の長い(しかも巨乳の)女生徒と肩を組んで鼻の下を伸ばしていた(ように見える)のだから、美琴の心は落ち着かない。 (あの馬鹿、こっちの競技が終わったら絶対とっちめてやるんだから。さっきの件で謝るのもナシ!!) 鼻息も荒く、頭に巻いたハチマキを締め直す。 細い指先が刺繍の部分に触れて、 (私の名前が入ったハチマキ締めてんのに、何で他の女といちゃつけんのよ……) 唇を噛みもう一度ぎゅっ、とハチマキを固く締め、正面を見据える。 その視界の隅を見覚えのある人影が横切って行く。 (あれ? 土御門さん……と、もう一人は……) 海原光貴だった。 体操服の上から背中に『大覇星祭運営委員』のロゴが入った薄いパーカーを羽織っている。 海原は常盤台中学理事長の孫で、念動力(テレキネシス)の大能力者(レベル4)でもある。美琴はとある事情により海原が少々(というよりかなり)苦手なのだが、 (……めずらしい組み合わせよね。つか、あの二人に接点あったっけ?) 美琴は海原と何回か喋ったこともあるので、どこの学校に通っているかくらいは知っている。しかしその学校名は、上条や土御門と同じとある高校ではない。 土御門の妹、舞夏から聞いた話によると土御門は無能力者であり、そして上条の高校に大能力者はいない。 ほんの少し考え込んだくらいでは少年達の接点が思いつかない。 能力(レベル)の違う二人は親友、と言うよりも今から大仕事を控えた男の表情で何事か会話を交わし、肩を並べて人混みの中に消えてゆく。 (……ま、いっか。こっちもこれから大勝負だし) 美琴は遠くなる二人の後ろ姿を見送って、 「ほら黒子。いつまでそうしてるつもり? そろそろ行かないとホントに―――」 「げっへっへっへっ、ローアングルから見上げるお姉様の脚線美に黒子は夢中ですの。引き締まった足首、無駄な肉のついていないふくらはぎ、かわいらしい膝頭、そして白くとろけそうなほどに柔らかい太股。いっそこのまま頬擦りしてしまいたいくらい……。ああもう黒子のこの身は愛に焦がれ、そして心は千々に乱れてぇ―――ッ!」 「乱れてんのはアンタのトチ狂った脳波でしょ!!」 足元でトリップを始めた白井の脳天に力一杯グーをお見舞いする。 上条当麻は人混みをかき分けていた。 二人三脚が終わってからすぐ美琴の元に行こうと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかったのだ。 あの後何故か吹寄に用具の片付けを手伝うよう命令され、その次は転んでいる老婆を助けた。競技場へ向かう途中小さな女の子が泣いているのを見かけたので木の枝に引っかかっている風船を取りに行った。それを見ていたボーイズラブをたしなむらしいお兄さん方にナンパ(?)されたのだが、そちらは全力でお断りしておいた。 上条は近くの電光掲示板に表示された時間を見ながら、 「……この時間だとそろそろ三回戦に入ってる頃かな。綱引きって言っても常盤台中学は五本指の一角とか呼ばれてるらしいし、一回戦負けはさすがにありえねーだろ」 とあるグラウンドの入場門をくぐり、キョロキョロと辺りを見回す。 グラウンドでは無駄に広い面積を使い切ってコートが二〇面作られ、綱引きが行われている。 綱引きの正式なルールによると、一チームは八名構成でチームの総重量によって階級も決められるのだが、能力者達の運動会ではそんな階級制など用意されていない。 だが全くの無差別では能力差で勝敗が簡単に決してしまう。 ということで、学園都市の大覇星祭においては『一チーム最大二〇人構成』『センターラインを超えた一切の能力干渉を禁ずる』と言う特別ルールが用意されている。 つまり握ったロープ越しに相手をビリビリさせる、あるいは空間移動でロープを味方陣地に引き込んでしまうのは反則なのだ。 「しかし、アイツが出ないのに競技の応援って何すりゃいいんだ? 『頑張れ頑張れ常盤台』とか叫ぶのか? ……うわっ、想像しただけでも寒いぞ」 上条はほんの少しだけ身震いする。 「ともかく、常盤台中学がどこで対戦してるのか探しに行かねーとな。……あれ?」 少し離れた人混みの中で懐かしい人物を見つけた。 海原光貴。 美琴のことを臆面もなく『好き』と言ってのけたさわやか少年だった。 彼は馬鹿デカいレンズを取り付けた高価なデジタル一眼レフカメラを三脚に取り付け、競技場の方に向けている。 腕に『記録係』という腕章が巻かれているのが見えるので、卒業アルバムに載せるための写真を撮っているのかも知れない。 (でも待てよ。確か海原は二人いるんだったよな。アイツはどっちだ?) 美琴の事を『好き』と言った海原は『ニセモノ』の方で、本物は念動力の大能力者だ。 だが偽海原は少なくとも外見は本物海原にそっくりなので、アステカ魔術を使う少年が尻尾を掴ませない限り上条には見分けがつかないのだ。 (うーん……どっちでも良いか) などと上条が考えていると、人混みをかき分けて褐色の肌の少女が海原に近づき、背後から海原の耳を思い切り引っ張った。 洒落にならない痛みで耳を押さえ悲鳴を上げている海原と怒り顔で今度は頬をつねり上げる少女の雰囲気から、彼女と海原がごく親しい間柄というのは離れた位置でも見て取れる。 少女がいつか見たことのある偽海原と同じ肌の色を隠そうともしないところから、おそらく少女は偽海原の知り合いで、つまり殴られた方は偽海原らしい。 (アイツ、御坂の事が好きとか言っておいてちゃっかり可愛い女の子をキープしてんのかよ。……うらやましいぞ) 上条が見当違いの感想を胸の中で綴っていると、コートに少女達の一群が現れた。 襟刳りと胸元のV字、そして袖口が臙脂に彩られた競技用ユニフォームに身を包んだ『五本指の一角』常盤台中学の生徒達だった。 少女達を率いるのは、白いハチマキをきりりと巻いて、サイズの合わない学ランに白たすきを掛け、ひらひらな白いスコート姿に白手袋で固めた、一言でまとめると『旧世紀の応援団コスチュームを纏った』御坂美琴だ。 『外』とは科学技術で二、三〇年は先を行くと言われる学園都市で『中』にいる学生が前時代的な服装をしているという事は、いわゆる対抗文化(カウンターカルチャー)の模索であり発露であり、見方を変えて露骨な表現をすれば一種の晒し者(きゃくよせぱんだ)である。 だがそんな事には関係なく、観客達は可愛い女の子がコスプレして出てきたという事実にのみ盛り上がり、もはや勝敗の行方など誰一人気に掛けていないように見える。 美琴の登場で口々に騒ぎ立て手元の携帯電話のカメラを使って美琴を撮影する学生達に混じって、 「うわぁ……。俺の学ラン貸せって言うから何すんのかと思ったらこういう事だったのか」 美琴(アイツ)なら何を着ても似合うけどそれって若干時代錯誤気味じゃねえか? と上条は正直かつ場違いな感想を胸の奥にしまい込む。 そこで目の前の人混みが動き、中から頭に花飾りを乗せた小柄な女の子がはじき出された。 (まずい、このままだと転ぶぞ!!) 上条は咄嗟に両掌を前に突き出し、仰向けにひっくり返りそうになった女の子を支える。 初春飾利は今にも溺死しそうな思いで人混みをかき分けていた。 とあるグラウンドに用意された学生用応援席は何故か大賑わいで、試合が始まるのを今か今かと待ち構える人々でごった返していたからだ。 周りの人々の雰囲気で、試合がまだ始まってないというのは分かる。 しかし、悲しい事に初春の身長は一六〇センチに届かず、この押し合いへし合いの中では前の様子が全くもって見えない。体力もないので押しても押しても後ろへ押し返されてしまう。 右を見ても左を見ても人、人、人で埋め尽くされて、グラウンドの土さえ視界に入らない。 この時の初春は知らなかった。 たかが綱引きでこれだけ混雑する理由が御坂美琴のコスプレ紛いの衣装にあることを。 初春は友人である白井と、そして美琴の応援のため風紀委員の仕事を抜け出してここへやってきたのだが、 「こ……困りました……まさかこんなに混んでるなんて大誤算ですよ……。御坂さんに、白井さん……はあぁ……み……見えませぇん……」 後ろの方に向かってどんどん人波に押し流される。 人の流れに抵抗して前に進もうと努力するが、人数差はどうにもならない。 相撲の突っ張りを食らったみたいに体が仰向けに傾き、転びそうになったところで、 「よっ……と」 とん、と。誰かに押しとどめられた。 「大丈夫?」 「は、はい……すみま……えええええええ!?」 初春の両肩を掴んで支えてくれたのは、どこかで見た事のあるツンツン頭の少年だった。 少年は初春の悲鳴がかった奇声に慌てて、 「ちょ、ちょっとストップ! 叫ぶのストップ!! 俺は痴漢じゃねーから!! お願いだから風紀委員呼ばないで!!」 「あ、あわわわ、すみませんっ! そんなつもりじゃないんです!!」 風紀委員の仕事サボり真っ最中の初春は押しくらまんじゅう状態の真っ直中で頭をペコペコ下げる。 頭を上げて相手の顔を改めて確認すると、 (ど、どうしよう! この人、御坂さんのでこちゅー彼氏さんじゃないですか!!) 「? あの。俺の顔に何かついてます?」 「いいいいいいいえ! 目と鼻と口くらいしかついてません!!」 咄嗟に意味がよく分からない切り返しをしてしまう初春。 少年はポリポリと頭をかいて、 「君も綱引き見に来たの?」 「えーと、友達が出場してるんでその応援に」 「そっか。でもこれじゃ全然見えねーよな」 人でぎっしり埋まった学生用応援席を見回す。 「よし。前の方まで行くから俺についてきて」 ツンツン頭の少年は初春の手を掴み、 「はいごめんなさいよ、ちょっくらごめんなさいよ」 とか何とか言いながら人混みを無理矢理かき分け始めた。 初春は想定外の事態にやや呆然としながら、少年に手を引かれ先ほどよりはスムーズに前の方に向かって進んで行く。 (……彼氏さん、私達とプールで出会った事は覚えていないみたいですね) 初春からすれば少年は監視カメラに映っていたり美琴へのでこちゅー現場を生で見てしまったりの『知っている』状態だが、少年からすると『この子どこかで会ったっけ?』くらいの認識しかない。 初春はツンツン頭に巻かれた白いハチマキを何となしに見ながら、 (私が御坂さんの友達って言うのは知られない方が良いかも知れませんね……ぶほわっ!) 「ん? どうかしたのか?」 うっかり吹き出してしまった初春をツンツン頭の少年が振り返る。 「い、いえっ! 何でもありません!」 初春は空いてる手をわたわたと振って否定する。 初春飾利は見てしまった。 白い糸で施されているので良く見なければ気がつかないが、少年の頭に巻かれたハチマキには針裁きも鮮やかに『御坂美琴』と刺繍されている。 (こ、これって絶対御坂さんが刺繍して渡した奴ですよね! ぷぷぷ、御坂さんがこんなに独占欲の強い人だなんて初めて知りました!! こ、これは写真メール撮って佐天さんにも見せてあげないと!!) 初春はジャージのポケットから二つ折りの赤い携帯電話を取り出し、カメラモードに切り替える。 ハチマキの裾はゆらゆら揺れて焦点(フォーカス)がなかなか合わないが、ツンツン頭の少年が立ち止まった一瞬に初春はぐっとボタンを押し込んだ。 盗撮防止のシャッター音がやけに大きく感じられたが、少年は気づくことなく初春の手を掴んだまま前へ前へと進んでゆく。 初春は携帯の液晶画面をメール作成に切り替え、ポチポチと文字を打つと今撮ったばかりの証拠写真を添付し、友人である佐天涙子に送信した。 (こ、これは面白いものが撮れてしまいました!! あとで佐天さんと合流して、御坂さんを呼び出す算段を整えなくては!!) 初春の頭上で花飾りが揺れる。 溢れかえるほどの人混みの中で、花だけが初春の企みを見抜くようにゆらゆらと揺れる。 常盤台中学と対戦するのはどこかの高校らしく、美琴達より二回り以上の体格差を誇る男子生徒の集団だった。 不敵な笑みを浮かべる少年達に少女達は余裕の表情で対峙する。 学生達が持つ能力にも相性の善し悪しというものがある。そこをついてしまえば五本指の一角だろうが二本目だろうが恐れる必要はない。 おそらく少年達は相手校の能力者を統計立てて計算し、最適の反撃(カウンター)を放って勝ち上がったのだろう。 超能力開発の名門・常盤台中学と言えど所詮中身はただの女子中学生だ。 おそらく彼らはそう値踏みしているが、才媛軍団常盤台中学は『エース』と呼ばれる美琴をあえて監督に据えている。 つまり、美琴がいなくても勝てる布陣を敷いたと暗にアピールしているのだ。 本当は美琴の能力がこの競技に限りあまり役に立たないからなのだが、何故か相手が勝手に誤解して、前二つの試合は不戦勝となった。 美琴は少女達を集めて円陣を組むと、 「一回戦、二回戦は相手が棄権したからここが事実上の『お披露目』ってことになるけど、気を抜かずに全員の呼吸を合わせて決めるわよ。いい?」 「おーっほっほっほ。御坂さん、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。この婚后光子が一瞬で片をつけて差し上げましてよ」 「相変わらず空気を読まない方ですの……」 婚后の隣で肩を組んだ白井が眉をひそめる。 美琴はあはは、と苦笑いして、 「こ、婚后さんは私達の秘密兵器だから今回は温存ね」 作戦を確認すると少女達は一〇人二列に分かれ、自分の持ち場につく。 美琴は並んだ少女達からやや離れた場所に位置取り、右手を空に向かって伸ばす。対戦校の監督も自軍の近くに陣取って開始の合図を待つ。 白いラインを挟んで左右に散った少女達と少年達が向かい合い、一本のロープに手を掛けた。 その瞬間競技場がしん、と静まりかえる。 『Pick up the Rope』の合図で互いにロープを強く握りしめ、 『Take the Strain』の掛け声で全員が綱引きの体勢に入り、 『Steady』の声で静止し、 『Pull』の合図と同時に美琴が右手を振り下ろすと、 常盤台中学側の陣地がボゴン!! と何かを踏みつぶしたような音を立てて一〇センチほど陥没した。 砂煙がもうもうと舞い上がる中で、相手より『低い』位置に陣取った少女達は苦もなくロープを引っ張り、体格も体重もはるかに上の少年達は悲鳴を上げながら引かれるまま全員前方につんのめって倒れる。 大能力者でも集中力を乱されたら即座に対応できない。まさしく電撃作戦(ブリッツクリーク)だ。 判定係は二〇人の少年達が全員無残に地面に突っ伏したのを見届けて、 「勝者、常盤台中学!!」 判定の声に少女達は飛び上がって喜ぶわけでもなく、転んだ少年達に手を差し伸べて立たせ、淡々と能力で地面を元に戻す。 一撃必殺(ワンターン・キル)。 相手の出方も、能力の相性も一切関係なく、 それでいて能力を相手に直接使うことなく、 物理法則を逆手に取って常盤台中学は勝利した。 「身体能力強化を使うんじゃなく、重力操作系か念動力で足元えぐり取って人為的に高低差を作り出し、文字通り相手を『引きずり下ろした』のか。にしても複数の能力者がピタリと息を合わせて発動させるなんてさすが常盤台だな」 上条が感心していると、コートの中でキョロキョロと辺りを見回していた美琴と目が合う。観客達の中にいるであろう上条の姿を探していたらしい。 上条がおーい、と呼びかけながら手を振ると美琴の表情がぱっと明るくなり、それから何を思い出したのか不機嫌そうに目を細め、ぷいと横を向いた。 上条は振っていた手を引っ込めて、 「うげ……アイツまだ怒ってんのかよ」 何も悪い事はしていないのに、何でこうなるんだろう。 熱狂する観光客と応援の人々に混じってただ一人、 きっとこれから、 何も悪い事はしていないのに土下座しなくちゃいけないんだろうなぁ、と上条はぼんやり思うのだった。 綱引きの第四回戦以降は二日目に行われる。 と言う訳で、上条は手空きになった美琴をとある校庭の隅へ連れてきた。 人気のあまりない校庭にはフェンスに沿うように常緑樹が一定の間隔を開けて植えられている。 無造作に伸びた木の枝は盗撮対策の目隠し代わりだ。 そんな名目で手入れされたとある木の根元で上条は土下座の準備をしながら、 「……あの。これって冤罪だと思うんだけど」 「そうね。冤罪かも知れないけど、『彼女』の目の前でアンタが他の女の子にうつつを抜かしてたのは揺るがない事実でしょ」 学ランを着た美琴は腕組みをしたまま足元の上条を冷たく見つめる。 二人の姿はまるでどこかの女番長が気弱な男子高校生を揺すっている構図に見えなくもない。 上条は傲然と顔を上げて、 「どこをどう見ればそうなるんだよ!! 俺は二人三脚の準備をしてただけだろ!!」 「じゃあ何で二人三脚の相手が男だなんて嘘つく訳?」 「嘘なんかついてねーよ! 土御門が足を捻挫して今日一日動けないからって、運営委員やっててたまたま競技の割り当てがなかった吹寄がヘルプで入っただけだ!!」 「何言ってんのよ」 はぁ、と美琴はため息をつき、 「土御門さんなら元気よ? 綱引きの前に見かけたけど」 「はぁ?」 今度は上条が素っ頓狂な声を上げる番だった。 どういう事だ? 怪我したはずの土御門がピンピンして歩き回ってる? つまり土御門は嘘をついてでも自由を確保しなければならないという事だったのか? 土御門は自分自身を『嘘つき村の村民』と称して憚らない男だ。 だがその嘘はいつだって『使う必要があるから』ついている。 上条は地面に向かって顔を伏せたまま、 「考えろ。考えろ上条当麻。土御門が嘘をつくのはどんな時だ? 去年の大覇星祭で何があった? 今年はあんな事が起きないだなんて誰も保証してくれねえんだぞ?」 「こら、何をぶつぶつ言ってんの?」 美琴は去年、大覇星祭の裏で起きたとある事件の顛末を知らない。 だけど上条は知っている。 土御門がどんな気持ちで世界の裏を駆け抜け、小さな思いが積み重なって築かれた社会同士の摩擦を防ぐために日夜暗躍している事を知っている。 (きっと土御門は何かを抱えている。それなのに俺はこんなところでこんな事をしていて良いのか? 俺にだって何かできる事があるんじゃねえのか?) 「何を一人で考えこんでんのよ」 頭をコン、と小突かれた。 顔を上げると、その場にしゃがみ込んだ美琴が上条の顔をのぞき込んでいる。 美琴はやれやれ、と言いたげな表情を隠しもせずに、 「さっきから人がさんざんお説教してるって言うのに、アンタと来たら右から左に聞き流して、あまつさえ難しい顔して別の事考えてんだもの。怒鳴るだけ馬鹿みたいじゃない。ほら立って」 美琴は上条の手を引っ張って立たせると、 「その様子じゃあの巨乳女の事もきれいさっぱり頭の中から消えてるみたいだし、二人三脚の事はもう良いわ」 「え? 巨乳が何だって?」 「なっ、何でもないわよ!! つかそんなとこだけ反応すんなっ!! ……それより、さっき何を考えてたの?」 上条の前に立ち、小首を傾げてみせる。 ぐい、と顔を近づけて声をひそめ、 「……もしかして、何かまずい事態でも起きてるとか?」 「いや……そうじゃねえ」 上条は首を横に振る。 懸念を美琴の前で隠し通すのは得策ではない。 むしろ話しておけば少なくとも美琴は納得するし、そこから先は自分の意志で考えるだろう。 「単なる俺の思い過ごしかもしんねーし、本当に何かが起きてるなら否応なしに巻き込まれてると思うんだ」 俺って不幸体質だし、と上条が付け加えた言葉に重なってプツン、と言う奇妙な音が響き、続けてパサリ、と何かが滑り落ちる音がした。 どうも腰の辺りがスースーするような気がして上条は音のする方向、つまり自分の足元を見て、 美琴が上条の動きにつられて下を向く。 上条の足首付近に青色の短パンが引っかかっている。 「……ん? これ誰の……?」 「……、」 上条の足元に落ちた短パンから視線をやや上にずらした美琴の動きがビキン!! と凍り付く。 ガバッ、と自分の顔を両手で覆う美琴の視線の先を目で追った上条は、 「……げっ!? これ俺の……って事は御坂! 馬鹿こっち見んな!!」 咄嗟に両手を使って下着を美琴の視界から覆い隠す。 そこへ、 「今わたくしのお姉様レーダーは感度最大! 地球の裏側でもお姉様を捜し出せますの!! 感じる、感じますわ!! こちらにお姉様がいらっしゃるのですわね!! 待っててくださいお姉様今すぐ黒子がお迎えに―――ッ?」 空間移動を駆使して美琴を探していた白井が下着丸出しの少年と何とも説明しにくいポーズで固まっている少女を見つけ、 その場に着地すると羽織っていた常盤台中学指定ジャージから空間移動で金属矢を取り出し、 「風紀委員(ジャッジメント)ですの! そこの類人猿、婦女暴行並びに猥褻物陳列罪その他諸々の罪で即刻死刑ですの!! 粗末な物体ごとその体をぶつ切りにして差し上げますからそこから一歩も動くなァああああああああっ!!」 「ちょっと待て白井! お前風紀委員だろうが!! いきなり俺を殺しにかかるんじゃねえ!! そもそも粗末な物体って何の事だ!!」 理不尽な要求に向かって叫ぶ事で抵抗する上条。 しかし足元には脱げた短パン、両手は下着を隠しているのでカッコつかない事この上ない。 「問答無用ですの! お姉様の貞操を奪った罪は万死を持ってしても償いきれませんの!!」 「ちょ、黒子!! いくら人通りがないからって貞操とか大きな声で言うな!!」 美琴は顔を真っ赤にして怒鳴り返すが彼女も彼女で両手で顔を覆いながら指の隙間からチラチラ見ているので説得力は皆無である。 次の瞬間、白井黒子と言う少女を構成する顔のパーツが劇画っぽい表情に変わる。 「はっ!? まさかこの状況はお姉様自ら招いた事だとおっしゃいますの? ……よもやお姉様が殿方と屋外で致してしまうほど飢えていらっしゃっただなんて!! 一言黒子に相談してくださればお姉様の欲求不満などこのゴッドハンドでペギュ」 「それ以上喋るんじゃないわよ!!」 美琴が白井の脳天に向かって垂直にずびし、とチョップを浴びせる。 上条は両手で脱げた短パンを腰まで引き上げながらがっくりと肩を落とし、 「……不幸だ。夕べ洗濯した時にゴム紐が切れかけてたのかな」 シリアスな雰囲気が台無しである。 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/452.html
前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある実家の入浴剤 『直接診ないことにはきちんとしたことは言えないけど、俗に言う青風邪という やつだね? 季節の変わり目だし、湯冷めして身体を冷やしたんだろう。頭を 打っているのも気になるから、落ち着いたら一度病院に連れてくると良い。市販 の薬でも効かないことはないけど、こちらできちんと処方した方が治りも早い からね?』 第7学区の病院に勤務するカエル顔の医者は、電話口の向こうでそう言った。 「あの子――インデックスが、『薬草を探してくるんだよ!』とか言って飛び出 して行ってしまったんですけど」 『……彼女のことだからたぶん東洋医学的な手法で治そうとしているんだろう けどね? 確かに理に適った処置はするだろうけど、あくまでそれは素人判断 だからね? 下手なことはせずに僕に診せることをお勧めするよ』 「ですよね」 呆れ交じりに話す声に、美琴は苦笑する。 『ただ、東洋医学や民間療法が悪いわけでもない。君も知っているだろうけど、 漢方治療や食事療法なんかはどこの病院でも行われていることだからね? つまり今の君にもできることはあるということだ。引き始めの症状からして 身体を温めてやることが重要だから、冷えないように汗を拭いたり、生姜や ニラなんかを使ったものを食べさせてやると良い。ネットで検索するとすぐ 出てくるだろう。あとはぬるま湯に入れて上げたりとか、そんなところだね? 風呂に入れるくらいならまずは病院に連れてきて欲しいところだけど』 生き埋めの洞窟に光が射したようだった。迷惑をかけたと自分を責めたまま、 震えて動かなかった背中を押された。ただそれだけのことだったが、なんだか 美琴は救われた気分になる。 「あの、今朝、中華風のスープを作ったんです! ニラだったらそれに入れて るし、生姜をおろしてご飯を入れて、お粥っぽくしたら……!」 しおれていたはずの美琴の声が、今は水を得たみたいに高い。希望に触れた ようなその声音に、カエル顔の医者はいっそう穏やかな調子になって、言う。 『良いんじゃないかな。とにかく体力を戻してやることが大切だからね? 美味しいものや滋養があるものを少しでも食べさせてやると良い。幸い、君は 料理が上手なようだからね? あの子たちにも何か作ってあげて欲しいぐらいだ。 病院食ばかりでは舌も退屈だろうし、お菓子なんて作ったら喜ぶだろうね?』 『あの子たち』と言われて、美琴は自分とまったく同じ姿の、妹達(シスターズ) について思いを巡らせる。そういえば「お姉様」とは呼ばれているのに、姉らしい ことなどほとんどしたことがないと、美琴は気が付いた。 しかし、とにかく今は上条のこと、である。 「ありがとうございます、先生。起きて、病院に行く時、またお電話します」 『正しい判断だ。だけどもう一つ、言っておきたいことがあるね?』 そこで一拍を置いて、カエル顔の医者は言う。 『未成年飲酒というのは、あまり関心ができないね? 興味のある年頃だろうし、 僕にも経験はあるからわかるけれど、医師として放っておくことはできない。 急性アルコール中毒を発症すれば死に至ることもあるし、君たちの場合は依存 症のリスクも高い。今回彼が風邪を引いたのだって無関係ではないんだよ? ビールやサワーは身体を冷やすからね?』 「……ごめんなさい」 叱咤の声は、先ほどまで聞いていたものよりずっと厳しい音をしていて、美琴は しゅんとしてしまう。気持ちの後ろめたかった部分をまっすぐに指されて、反省する 以外に仕様がなかった。 それを慰めるように、美琴を許すように、電話の声は元に戻る。 『君という人間は正直で、素直なんだね? そういう姿勢はなくさない方が 良い。男はそういう女の子を好きになるものだからね?』 それはちょっと偏った話ではないかと、美琴は曖昧に笑う。携帯電話を握る 右手が妙に落ち着かなくて、左手で抑えた。 「私は別に……まだ、そんなのは良いです」 『とぼけるなよ。ならどうして君は今彼の部屋にいるんだい――と、こんなことを 言うのは医師の仕事から外れているかな。そろそろ失礼するよ? お大事にね?』 「は、はあ。ありがとうございました」 来たる美琴の反論から逃れるように、電話は切られてしまう。ツーツー、と 通話の終了を知らせる電子音を聞きながら、美琴は瞳を泳がせる。むろんその 漂着先は少年の寝顔の上で、心臓が一度鐘を打った。思わずさっきの言葉を 反芻する。どうして君は今彼の部屋にいるんだい。どうして。その答えを一つ 一つ取り上げるみたいに、美琴の視線が上条に落ちる。ツンツンしている頭、 ガーゼを貼った額、意外に長いまつげ、意思を示すように伸びる鼻先、そして、 その下の―― パンッ、と静かな部屋に軽い音が鳴る。両頬がじんと痛んで、それから熱を 持つ。叩いた頬の感触で雑念を埋めると、美琴は深い息をついた。 今は何より、上条当麻なのだ。彼の身体が第一なのだ。美琴は台所に掛けた エプロンを取って、背中のひもを結ぶ。 できることからやっていこう。それが全てで、それが始まりだ。 ふいに触れた外気の冷たさに、上条当麻は覚醒する。ただ、いまだ目はつぶっ たままで、まずは違和感のようなものがあった。どこか温かい場所にいたはずで、 そこから引きずり出されたような感覚。そう、これは朝、布団をはぎとられる 感じに似ている。けれどもどういうわけか右手だけには温もりがあって……。 射してくる眩しさにこらえながら、上条はまぶたを開く。 「……」 そして、美琴と目があった。ほとんど真正面に瞳を据えて、美琴は面食らった ように目を見開いている。おぼろげな記憶を参照するなら上条は自分のベッド まで運ばれたはずで(実にそれは数カ月ぶりのことだ)、仰向けに寝ているらしい この状態で美琴とまっすぐ向き合う体勢というと、それはかなり限られたものに なるだろう。 「……」 さて、上条の着ているワイシャツは上から三つめまでボタンが外されており、 胸板が半分ほど露出している。美琴が上条の上で四つん這いになっているので、 おそらく彼女が外したのだろう。思わず暴れかけて、何気に右手が拘束されて いることを知る。いや、拘束というよりはぎゅっと握り込まれており、どうも それは美琴の左手と繋がれているようだ。 ここまで状況を確認して、ようやく上条はわかった。美琴は自分の服を脱が そうとしている。片手でボタンをはずし、もう一方の手はなぜか上条の手を握って いる。嬉し恥ずかしの事態であるのは間違いなかったが、どうにも上条は理解 できずに戸惑う。 「良かった、起きたんだ」 だからそう言って美琴が微笑んだことも、上条にしてみれば掴めないことだった。 「ごめんちょっとじっとしてて。身体の汗、拭くところだから」 「え、うええぇぇ!?」 「な、なによ。変な声出して。その、身体を冷やしちゃダメってことだし、 仕方なく私は……」 美琴がぶつぶつ言っているのは置いておいて、大体の事情を把握する。見ると、 ちゃぶ台には絞ったタオルが置かれている。おそらく電子レンジで温めたのだろう、 白い皿の上で湯気を立てていた。 美琴の指が四つ目のボタンに伸びて、上条はその動きを止めた。図らずも 両手を握った状態で、二人は静止する。 「どうしたの? は、早く済ませないと逆に身体が冷えちゃうわよ?」 「い、いや。身体を拭くぐらいなら自分できるかなあ、と。ていうかなんで 右手握ってんの?」 「これは、なんていうかその……ろうでんたいさく」 「え?」 「だああぁ、もう! とにかく大人しくしてなさいよ。自分でできるたって 背中に手ぇ届かないでしょうが。私だって恥ずかしいんだしさっさと済ませるわよ!」 剣幕に押されて、仕方なく上条は従うことにする。ただし背中だけだとあら かじめ念を押して、服は起き上がって自分で脱いだ。その間に、慌てたように 美琴はベッドを降り、いそいそとおしぼりの準備をする。 「タオル熱すぎない? 大丈夫?」 「うん、や、大丈夫だ。気持ち良くて天にも昇る気持ちですよーっと」 「き、気持ち良いってアンタ……」 背中で動いていた美琴の手が止まって、上条は怪訝に思う。どうしたのかと 訊ねようとすると、パンッ、と背後で軽い音が鳴って遮られた。何事もなかった ように汗拭きの作業は再開される。 「どうかしたのか?」 「な、なんでもないっ」 実際にはそんなことは全然なく、美琴の口の中では、「平常心、平常心」と 上条にも聞こえないぐらいの声音の呪文が唱えられていたわけだが、もちろん 聞こえないので上条は気が付かない。なぜかまた焦り始めた美琴に首を傾げる ばかりである。 背中を拭き終わり、美琴はタオルをこちらに渡すと台所の奥へ消える。 「食欲ある? つか、なくてもちょっとは食べておいて欲しいところなんだけど」 「ぶっちゃけ腹は減ってるんだけど、なんというか、かったるいかな」 「中華スープにご飯ぶち込んでお粥にしたけど、食べられる?」 「うーん。実際目にしてみないことには何とも……」 「そっか。それにしても予想より元気そうねアンタ。倒れた時はどうなること かと思ったけど、安心したわ」 「いや、実際けっこう辛いんだけど、なんというか」 「?」 きょとんとした顔つきをして、美琴はオープンキッチンのカウンターから こちらを覗いてくる。対して上条はあくまで首を捻った。 「うーん、辛いはずなんだけどな。でも気分が楽というか、何なんだろう?」 「いや、訊かれても。知るわけないでしょアンタの身体のことなんだし。 ……まあ何にせよ余裕はあるみたいだし、それで十分ね」 台所に引っ込んで、美琴はまた食事の準備にかかる。上条が身体を拭き終わ ってワイシャツのボタンを止めた頃に、美琴は温め直したらしいお粥を盆に 載せてリビングまで運んできた。ほくほくと白い湯気をたたえており、胃袋が きゅっと縮まるのを上条は感じる。 「なんだか俄然食欲が増してきた上条さんですよ」 「あはは。かわいいもんね。でも、セーター出したからまずはこれを着なさい」 美琴はちゃぶ台に盆を置いて、上条がおしぼりを返すのと引き換えにセーター を渡してくる。袖を通し、頭にかぶって襟口から顔を出すと、見えたのは粥を スプーンに一すくいしている美琴だった。強張った頬を膨らませてその一すくい に息を吹きかけており、まだ上条にはその意図を掴めない。というよりは、 掴みたくなかった。 「は、はい! あーん!」 「やっぱりかい!! しかもなんだか気合の入った声だし! あーんとかする 時の声じゃねえし!」 「な、なによ。確かに気恥ずかしいのもそりゃそうだろうけどウチで風邪ひいた 時はいつもしてもらってたし、普通じゃないのよ!?」 「そりゃお前がまだ幼稚園児とかそういう時代の話だろうが! 重病人じゃ あるめえし高校生にもなってそんなことしねえよむしろご褒美じゃねえかそれ!!」 錯乱し過ぎてうっかり本音を漏らしている上条である。幸いその部分に深い 言及はなされず、美琴はしばらく無言で俯いて、やがてぱくりと行き場をなく したスプーンを口に入れた。 「言われてみれば、アンタの言う通りかもしれない。……ちょっと気合を入れ 過ぎてたのかな、私」 もそもそと声を漏らす美琴だったが、上条はといえば彼女の行いにびっくり して声の内容など全く聞き入れてはいなかった。 「お、おま。かゆ、食べて」 「え? だって味見するのまだだったし、アンタが食べたら私これに口付け られないし……って、うん?」 やっと何かに思い至ったらしい美琴は手のスプーンを見下ろし、それから 上条を見て(具体的にはもっとピンポイントに「どこか」を見ていたような 気がするが、考えないことにする)、またスプーンに視線を戻す。体温計の ごとく、みるみる赤くなっていく美琴の顔があって、 「な、なななぁああ!?」 それは叫び声になって爆発した。起床してから見てなかった紫電が、ばちばちと スプーンの銀を巡る。 「い・い・いやいや何言ってんのよアンタ馬鹿じゃないのこの年になって カ、か・間接キスなんて意識してんじゃないわよ! ほら何も気にすること なんてないんだからこれさっさと食べるのよ食べなさい食べろってのよ!」 「明らか帯電してるスプーンを押しつけんのはやめろ殺す気かテメエ!? つーかちょっとは気にしやがれ中学生!」 「ちゅ、ちゅ中学生なのは別に関係ないじゃない! だいたい最初に気にしな かったのはアンタでしょうが!」 「何の話だよいったい!?」 渾身の叫びを訊き返されてしまって、「うっ」と美琴は詰まる。まあ、ホット ドックの一件を気にしていたのは美琴だけだったのだし、無理のないことでは あった。 で、そんなふうに微妙に認識を異にしている上条だから、美琴が言葉を持て 余して唇をぱくぱくと開閉したり、瞳をそわそわさせて俯いたりするのを不可解 にしか感じない。一悶着はあったものの上条の右手にスプーンを握らせ、でも それから背を向けてしまって、やがてぽつりと言う。 「……めしあがれ」 「ん? ああ、いただきます」 ぎゃあぎゃあ騒いだり水を打ったように静かになったり、目まぐるしい場の テンションの移り変わりにいい加減に慣れてしまっている上条なので、美琴の 態度の変容を素直に受け入れて中華お粥に取り掛かることにする。 湯気立つ粥にスプーンを差して、空虚な胃に流し込まれていくその味は、 なんだかとろけるようだった。 「どう? 食べられそう?」 背を向けながらもちらちらと横目に上条を観察して、美琴は言った。 「いやあ、むしろおかわりしたいぐらいです」 「そ、そっか。そっか」 なぜだか美琴の方が噛みしめるような調子でそう言って、落ち着かないふう にゆらゆら背中を前後に揺らした。あぐらをかいているせいで身体の全体像が 丸く、どことなく倒れても起き上がるダルマ人形を思わせた。 「ごめん、インデックスがほとんど食べちゃって。今あんたが食べてる分で 終わりなのよ」 「まあ、いつものことか。つーかインデックスはいずこに?」 「薬草採ってくるとかで飛び出したっきりだけど」 「へー。へー……そうなのかあ」 いつかの記憶が呼び覚まされる。まあその種の災厄はもう一度パンドラの箱 に詰め込むことにして、上条は目下の粥に意識を集中することにする。不幸と いう言葉は呑み込んで、今は目の前の幸せを享受しよう。 しかし上条当麻とは人が知るより厄介な性格の持ち主で、不幸体質の自分が わけなく幸福を拾うとどこか悪い気がしてくるのである。大金を拾うと何とな く交番に届けたくなるのと同じで、だが幸せを届け出る場所などどこにも存在 しないし、結局は持て余すことになる。 もしこれが他人の幸不幸にまで関わってくるとすればたまったものじゃない なと、上条は神裂火織のことを思い出した。自分も彼女もそうだが、幸運や不運 といった運命的なものを恒常的に考えるのはあまり身体に良いことではないの かもしれない。自分のどうにもならないところで立場が決定されるというのは、 たいてい悲劇の部類に当てはまりそうなことだった。 てか、やっぱまた不幸だの考えてるんじゃねーか、と気が付く。しみついた 思考法というのはなかなか変えられないものらしい。上条は気を取り直すよう に首を振って、止まっていたスプーンを動かそうとして、 「ねえ、大丈夫?」 それで、美琴が問い掛けている。不安げに瞳に影を落として、横から上条を 覗きこんでいる。昨夜と同じパターンで、今度は美琴だった。 「突然顔を青くしたり、と思ったら俯いて固まってるし、気分が悪いの? やっぱり食欲ない?」 訊かれて、上条は戸惑う。同時に首も捻る。何を戸惑うことがあったのかと 思ったのだ。自分は気を遣われているのであり、心配されているのであり、 それは別にうろたえたりすべきものではないはずだった。 答えない上条にますます不安を募らせたようで、美琴は眉根を寄せる。 「本当に辛いなら無理しない方が……。お粥なんてすぐに作れるし、無理して 食べる必要なんてないのよ?」 「い、いや」 そういうわけではないので、上条は首を振る。空腹は感じているし、ちゃんと 食欲もあった。食べたくないということは、まずない。 「いや……」 しかし上条は、腑に落ちない。自分の否定が指しているのは本当にそれだけ だろうか? 食欲とか、そんなうわっつらな身体の調子以上に、もっと先に 否定すべきことがあったのではないか? 美琴を見る。何かに答えあぐねている上条のことを、まぶたにわずかな怪訝 を乗せつつも、彼女はじっと待っている。献身に努めようとするように、じっと。 そうして少年は、心に動きがあるのを自覚する。彼のためにと五感をそばだてて いる彼女を見つける。自分は今までそういう視線に気が付かなかったのだと、 気が付く。それはたいそう不幸なことだったろうと。 上条は頭を振り、美琴は首を傾げた。 「たぶん、嬉しかったんだよ。それだけだ」 眼前にはきょとんと口を半開きにした美琴の顔があって、それはみるみる うちに紅潮していく。だが美琴は今度こそその理路がわからなかったらしく、 混乱した様子で頬に手を包んだ。正体不明な身体の反応に瞳は精いっぱい疑問符 を浮かべていて、口許は「それ」を言語化しようと何度も開きかけるのだが、 言葉にはならない。命名できない感情がそこにあった。 「……あ、アンタは」 美琴はやっと声を出して、だがそれは本来言葉にしようとしたものとは違う。 「変なこと言ってないで、ほら、さっさとそれを食べる! 食べたら病院に 行くんだからね。私、電話してくるから」 美琴は逃げるように立ち上がると、ついでに身支度も整えるつもりなのか、 自分の衣服を部屋からかき集めて、洗面所へと向かった。 「なあ、御坂」 洗面所のドアを開いた美琴に向けて、上条は呼びかける。 「あのさ、あんまり無理はしなくていいからな」 「? どういうことよ?」 「いや、さっきもそわそわしていたしさ。もしも寮のことが気になるなら」 「そんなこと!」 美琴は目をむいて叫ぶ。距離が離れているはずなのに、詰め寄るようだった。 その剣幕にちょっと驚きつつも、上条は言う。 「御坂のお粥が美味くてさ、なんだか元気が出てきたんだよ。病院ぐらいなら 一人でも行けそうだし、それにこのまま部屋で大人しくしてるだけで治りそう な気もするし」 「そ、そんなこと。……そんなの、困る」 「え?」 「う、えあ――。もう、うるさい! 病人は黙って看病されてれば良いのよ! 寝ぼけたこと言ってないでさっさと食え!」 バタンと強い力でドアが閉じられて、上条はため息をつく。黙って看病され てれば。全くその通りだと思う。逆の立場ならば彼だって、きっとそう言った だろうから。 では、どうして美琴にあんなことを言ってしまったのか。上条はがしがしと 頭を掻いて、再びため息をついた。 「ったく、素直じゃねえよなあ。何をガキみたいなことしてるんだか」 今日はじめて気が付いたのだが、自分はけっこう不器用な性格らしい。 扉の向こうにいる美琴を、今どんな顔をしているだろうかと思いを馳せる。 舌の上、彼女の味を転がしながら。一噛みごとに仕草を浮かべて。粥を食べる。 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある実家の入浴剤
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/783.html
サプライズ ある日の朝、美琴の携帯に一本の電話が入る。(こんな朝っぱらに。当麻かしら。あれ?母から。)「おっはよー美琴ちゅわん!」「うるさい!!だいたいこんな朝から電話かかってくることが迷惑だとわからない訳??」「えー?ダーリンからのモーニングコールだったら怒らないくせにぃ。美琴ちゃんを驚かすために電話したの♪」「で?ダーリンからのモーニングコールではなく、驚かすために電話した理由は何なのよ?」「私、昨日から学園都市にいるの。大学のことでね♪」「全くサプライズになってないわよ馬鹿母!!」「あら。じゃあ今からとっておきのサプライズを披露しちゃいまーす♪ちょっと待ってねー。」電話のむこうでは美鈴は誰かと話しているようだ。誰かと?学園都市で母の知り合いと言えば大学の友人もいるだろう。でもサプライズと言っていたから・・・・まさか!!「もしもし?俺だー。」美鈴が代わった相手は上条当麻。美琴の恋人だ。「!!!ななななななんでアンタが私の母親といんのよ!何!?もしかして親子丼ってやつなの?相変わらずこのダメ男があああああああ!!!!!」「美鈴さん!サプライズどころか何か怒らせたみたいですよ――!」電話の奥では美鈴がただの照れ隠しよん。美琴ちゃんはまだ当麻くんに素直になれてないのねと言っている。「んで、一緒にいる理由なんだがな、ゴミ出しに外に出た時にバッタリ美鈴さんと会ったんだよ。」なんだたったそれだけのことだったのか・・・上条が女性といるだけで(たとえ母親でも)こんなに嫉妬するのが情けない。恥ずかしい。そう反省していると、「なあ。美琴の部屋は二階だよな?」「・・・・ふぇ?そうだけどそれがどうしたのよ。」「窓から顔を出してみなさい。そして正門を見てみなさい。言われた通り窓から正門の所を覗いてみる。信じられない。ツンツン頭の少年と母親が立っていた。「ちょっっ!!なんでいるのよ!?」「だからサプライズだって言っただろ?というか美鈴さんに連れてこられたんだけどな。それと早く窓から顔を出せ。俺と美鈴さんは二階のどこだかわかんねえから。」ダン!とうるさい音で窓を開けて顔を出す。(奇跡的に白井はまだ眠っている。)その音に気づいた二人は美琴のほうを振り向く。上条はおーいと手を振り美鈴はニヤニヤしながら何故か親指を立ててアピールしている。「美琴、悪いが今から出てこれるか?美鈴さんはもう大学に戻らないといけないらしいんだよ。」「そうなの?今から着替えるからちょっと待ってて!」電話を切ってからものの五分もしないうちに歯を磨き制服に着替え、髪をヘアピンで止め、白井に先に学校に行ってくると置き手紙を書いて上条と美鈴が待っている正門に走った。「はあはあ。それで、アンタ達一体何の企みがあるわけ?」「ここに来るまでに上条くんから色んな話を聞いてね♪美琴ちゃんのあんなことや・・・」美鈴が言い終わらない内に美琴は上条の胸ぐらをつかむ。「アンタ。一体何を吹き込んだわけ?」そう言いながらも顔は凄く赤い。「別にやましい事なんか話してませんよ?美鈴さんが初デートはどうだった?って聞いてきたから簡単に一日を話しただけだぞ。」しかし美琴は照れてるのか怒ってるのか、バチバチと音を鳴らし始めた。「おい!!こんな至近距離でビリビリはやめてくれ!!美鈴さんに当たったらどうすんだ!!」「アンタ!!アタシの母親側に立つ訳?まさか変な嘘とかついてないでしょうね?」「美琴からは誰にも言うなって聞いてないぞ?悪いが既に土御門とかに話したんだよ。何故か学校でみんなにボコボコに殴られたんだけどな。それと、美鈴さんには嘘偽りなく話したぞ。」「・・・・・・え?友達に話したの?それに母にはどう話したのよ!!」「・・・・・・・美鈴さんが追求してきて逃げれなかったからプロローグからエピローグまで・・・・簡単に・・・」美琴の頭からボシュっと音がなり顔がりんごのように赤くなる。「そこの二人!私を置いてなにいちゃいちゃしてんのよー。母さん一人寂しいわー。」「いや、いちゃいちゃとは・・・ていうか美鈴さん、大学に戻らなくて大丈夫ですか?」「あらホント。もう出ないと間に合わないわ。上条君、一つお願いがあるんだけど。」ゴニョゴニョと上条に耳打ち上条はそれを聞いて真っ赤になる。「美鈴さん・・・マジですか?」「大マジよ♪それに両親いっぺんに説得するより母親だけでも先に納得させれるわよ♪」うう・・と上条は呻く。美琴はエピローグまで・・・とブツブツ呟いていて美鈴と上条のやりとりに気づいてない。「わかりました。美琴のためにもですね。私上条当麻も腹をくくります。」「お願いね!!美琴ちゃんへのサプライズというより私を楽しませてね♪」(うわ。上条君かっこいい。美琴ちゃんが惚れるのもわかるわ。私も若ければアタックしてたかもね♪)腹を据えた上条はどこか決意した顔つきで美琴を見つめる。「美琴!!!」「ひゃい!」自分の世界に入っていた美琴は驚き妙な返事をしてしまう。上条は何も言わずつかつかと美琴に近寄る。(何よ急に真面目な顔して。かっこいいじゃない。)お互いの距離がゼロになり、上条は美琴を無言で抱きしめる。「ちょっっっ・・急に!こんな外でいきなり・・恥ずかしいというか心の準備ができてないというか・・・とにかく・・早くやめて・・でももう少し・・・」美琴は上条にしか聞こえない小さな声で話す。すると美鈴が少しがっくりしたような声で「初デートの最後にしたのってキスじゃなかったのね。でもさすが上条君!こうやって美琴ちゃんを骨抜きにできるんだもの!!」「驚かせて悪かったな美琴。美鈴さんがどうしても初デートの再現をしてくれってうるさいから。」「それだけでこんな事やってんの?ていうかなんで言うとおりにやってんのよ!!」「そこは深く追求しないでくれ。古傷なもので・・」「美琴ちゃん!上条君!あなたたち超お似合いよ♪こりゃ籍入れる日考えとかないとね。それじゃ、いいもの見せてもらったところで失礼するわ。多分この時間だと大学に間に合わないだろうけど。」美鈴は二人に投げキスして駆け足しながら去っていった。「・・・ねえ、ところでいつまでこのまま抱きしめてもらえるの?」「ずっと抱いていたいんだけどな。ここじゃさすがに周りの目も上条さんには痛く感じるぜ。」「あっ・・・」周り。ここは常磐台中学寮の正門。寮の生徒が学校に登校する時間帯になっていた。美琴が気づいた頃には二人の周りに大勢の生徒がいた。人ゴミから「御坂様が殿方と抱擁を・・・」「あの殿方は御坂様の彼氏なのでしょうか。」「御坂様は大胆なのですね。」とキャーキャー騒いでいた。美琴の部屋からは「お姉様ああああぁぁぁぁ!!!また類人猿ですのねぇぇぇぇぇ!!!!殺す!!!」と白井のデスボイスが。「あははは。参ったことになってしまったな美琴。サプライズにしては規模をでかくしてしまった。んじゃ、上条さんもここからだと学校に遅れそうだからもう行くからな。放課後に公園でまた会おうな!!」シュバっと上条は逃げるように走り出す。「あ!!ちょっと待ちなさい!!」と言う前に生徒達にぎゅうぎゅうに囲まれ「御坂様!御坂様!!」と質問攻めに合い上条を追いかけられなかった。身動きがとれない状態の美琴にはまだ上条の後ろ姿が見える。上条が見えなくなりそうと思っていた瞬間、上条の後頭部に白井がドロップキックを決めたのが見えた。
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/567.html
前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/side by side ― バレンタイン ― 先程上条は美琴に対して喧嘩の事は自分は気にしていないと言った。 しかし上条の本音を言えばそんな訳はなく、当然初めは怒っていた。 上条が美琴を気にしているからとか、そんなことは関係ない。 美琴は自分をほったらかしにしてカエルのキャラに夢中だったので、手持ち無沙汰になった彼は満腹状態特有の眠気に特に抵抗もせずに眠っただけである。 確かに寝たのは悪かったとは思ってはいるが、それ以上に何やらよく分からない理由で突然キレられて怒らないはずがない。 上条は確かに、美琴を呼びかける前まではは怒っていた。 そう、彼女の悲しそうな、未来には絶望しかないとも言いたげ顔を見るまでは。 彼女は以前に鉄橋で見たまでとはいかずとも、少なくとも似たような雰囲気を出していた。 さっきファミレスで食事をしている時までは確かに明るく、幸せそうな雰囲気で、いつもの美琴とはまた一味違った惹かれるようなものを感じさせていたのだが、今はそのようなものの名残は微塵も感じられない。 今彼女の表情にあるのは未来への絶望と過去への後悔、そして不安。 それを見た瞬間、上条の心のうちにあった怒りなどどこかに消えてしまった。 (……なんつー顔してんだよ) 何が美琴を一変させたのだろうか。 上条に思い当たるものはファミレスでの喧嘩。 それにしてもここまでになるのかとも思うが他の心当たりはない。 恐らく喧嘩が原因で何かの感情が連鎖的につながり、結果的にここまでになる程の巨大な感情になってしまったのだろう。 その何かとは何か。 いつも彼女が自分と会うとき気にしていること、つまり自分の反応だ。 美琴は極端なまでに自分の行動に反応する。 楽しいと言えば、彼女も嬉しそうに笑い。 楽しくないと言えば、彼女は落ち込む。 それは裏を返せば、彼女の反応で自分の行動はわかる。 今は自分は何もしていない、よって今美琴をここまでにしているのは恐らく彼女の頭の中の自分の行動だ。 美琴の中の自分がこの状況を楽しくないとでも言っているのだろうか。 確かにさっきは怒っていた。 けれども、今日の事自体は上条もそれなりに楽しみにはしていた。 (俺はお前のそんな顔を見に来たんじゃねーよ……つーか、お前が笑ってないと、俺も嫌なんだよ……) それを言えば笑顔が戻るだろうか。 そう思った瞬間、上条は知らない内に美琴の名を呼んでいた。 「―――単にネックレスって言っても色々あるなぁ……んで御坂、結局どれがいいんだ?」 二人はファミレスから少し離れた大通りに出ており、御坂妹にネックレスを買ったときと同じような出店で、その店の商品を眺めていた。 出店のネックレスと言っても勿論、種類から値段まで様々な物がある。 明らかに対象年齢が低い子供向けのようなものもあれば、所謂給料三カ月分といわれそうな高級感ただよう大人なものなど。 そういう状況であることもあり、あまりそういう物に詳しくはない上条にとってはどうしても目移りしてしまい、美琴に選択を任せる。 美琴はそれを聞いて頷くが、ここに着いた時から何やら1つのものを凝視しており他のものを見ていない。 「なんだ?お前それがいいのか?」 「えっ?あっ、うん……」 「そっか、んじゃそれ買うよ」 美琴が見ていたネックレスは上条でもなんとか買える値段で、そこまで高価なものでも、少女趣味が爆発したようなものでもなく、むしろデザインとしてはシンプルなものだった。 上条は手にとってよくみるとそれは何語かも意味もわからないが『Te amo todo el tiempo』と書いてある金属製の薄い板状のものがかけてあり、色はこれ以上ないくらいの純白である。 「えっと、これでいいんだよな?」 「うん……あ、あと…」 「ん?」 「あ、アンタも、もし私が同じの買ってプレゼントしたら、その……ネックレスつけてくれる?」 何を考えているんだこいつは、と上条は内心思う。 これはさっきファミレスで奢ってもらったお礼という名目で上条が美琴に贈るものであり、言ってしまえば機嫌を少しでも良くしてもらおうと彼が思案した"作戦"である。 それなのに何故またお礼の品に対してお礼をするのかという疑問。 そしてもし受けとってしまえばまたお礼をしなくてはならないだろう、と堂々巡りになってしまうということへの不安。 これら二つの要因が重なり上条は断ろうとしていた、 「………ダメ、かな?」 (ッ!!!!) が、ここで美琴による涙目&上目遣いと、今にも不安という重圧に押しつぶされてしまいそうな彼女の弱く、心細い声が上条の心を刺激する。 そこでさらに上条は思案する。 恐らくイエスと言えば、待っているのは美琴の極上の幸せそうな笑顔と堂々巡りによる多大な出費。 そしてノーと言えば、待っているのは彼女の落ち込んだ顔と上条家の家計をの安寧。 どちらも上条にとって一長一短、メリットもデメリットもとてつもなく大きい。 故に彼は非常に困った。 彼が美琴の顔を横目で見ると、やはり表情はさっきと変わらず不安そうな顔をしている。 (御坂をとるか家計をとるか……家計はなんとかなるかもしれない。そもそもまだ堂々巡りになると決まったわけじゃねえ。ただ今のこいつは……うぅ…というか何で今日の御坂はこんないたいけな少女になってんだよ!!) 「別に、嫌なら無理はしなくてもいいからね?」 「……わかった、もし買うなら着けるよ」 「本当に?」 「ああ……どのみち、そんな顔で頼まれたら断れねーよ。」 予想通り上条が言葉を発すると、美琴は笑顔になった。 彼は喜んでいるそこへ横やりをいれるようで少し気が引けたが、今後のために念を押しておく。 「その代わり、これ以上のお礼は上条さんの財布によろしくありませんので勘弁な」 「別にいいわよ。私が買った『コレ』をアンタが着けることに意義があるんだから」 「ふーん…ま、とりあえず勘定を済ませるか」 上条には美琴の言っていることの意図はわからない。 単にペアで身に付けていたいだけなのか、他に意味があるのかもわからない。 しかし、彼はその意味はわからずとも、彼女の表情を変えれただけでも何故だか安心できた。 彼女の満面の笑顔をまた見ることができて、上条自身もまた笑顔になれた。 何故だかは彼自身よくわからないでいる。 ただなんとなく、ふとそう思えていた。 だが、その感情が意味することは、上条としてはあまり考えたくない種類の感情であるということは上条はまだ気づいていない。 だが、ただ一つだけ確実に認めたことはあった。 (やっぱり、俺はこいつの笑顔が見ていたいんだろうな) 彼女の笑顔を見て、上条は何の迷いもなく素直にそう思えた。 ―――二人は買い物を終えると、早速ネックレスを渡そうとする上条を美琴が制止して、当てもなくぶらぶらとゆっくり辺りを歩き始めた。 しかし、ゆっくり歩いてはいるものの、先ほどの買い物の後から二人の会話は続いていない。 今まで会話の主導権を握っていた美琴が黙り込んでいるためだ。 今日という日において、美琴はほぼ一日中喋りっぱなしと言ってもいいほど喋っていた。 その彼女があれから何の言葉も発しない。 上条としても、この空気は先程の彼女の表情を見た時のような嫌な感じこそないが、ただ非常に居づらい。 「……なあ御坂、お前門限は大丈夫なのか?」 「大丈夫だから、気にしないで」 沈黙に耐えきれなくなった上条がその沈黙を破ったとしても、このように美琴が一言で一蹴する。 そしてまた彼女は黙り込み、会話が続かない。 さっきからこれの繰り返しだ。 美琴は何かを真剣な表情で考えているようではあるが、上条にはわからない。 そうこうしている内に彼らは今日の待ち合わせ場所に着いていた。 ここは上条の寮と常盤台の寮のおよそ中間点。 「……なあ、することが無いのならここらで解散した方がいいんじゃないか?」 「あ……ちょ、ちょっと待ってよ」 「なんだ?まだやることあるのか?」 「えっと……とりあえずあそこに座んない?」 美琴が指差したのは自販機が置いてある場所から、少し離れた場所にあるベンチである。 美琴に言われるがまま上条はベンチの前にまで連れて行かれ、二人は拳二つ分ほどの間を空けてベンチに座った。 「ねぇ…今日って何日か知ってるわよね?」 「何日って、2月の14日だろ?」 美琴の質問に対して、上条はさも当然のように答える。 「そう、2月14日。今日はバレンタイン……」 美琴はなにやら感慨深げに呟くと、天を仰いだ。 今日の空は雲が一つなく、冬だからか人工の光に溢れている学園都市としては珍しく星が燦然と輝いていた。 その星を眺めていた美琴の横顔を、上条はそっと盗み見る。 その表情は、上条にはどこか不安と期待とが入り混じっているような複雑な表情に思えた。 しかし、どこか強張っているところも見受けられるその表情にも、上条は形容しがたい、口で言い表しにくい感情に襲われた。 それは先ほど彼女の笑顔を見たときと似たような感情。 そしてしばらくその状態が続き少しの沈黙の後、その星を見て落ち着いたのか、美琴の表情は堅いものから柔らかいものへと変わる。 そして、その表情のまま上条の前へ立つと1、2度の深呼吸の後に彼女は自分のカバンから何かを取り出した。 「というわけで、これ…」 「……あの、これは?」 「流れを読みなさいよ、バカ。この流れはどう考えてもチョコでしょうが」 美琴は顔を真っ赤に染めつつも、上条への視線は逸らさずに言い切った。 上条はそれを受けとると中から確かにほのかなチョコの香りがした。 中身を見るまでもない、これは明らかに手作りであることがわかる。 一見丁寧に包装されているが、所々で店の包装とは違う暖かさを感じさせるものがあった。 「見てわかると思うけど、それは手作りだから。……んでね、なんでそれを渡したかを、これから言うから」 そう、上条にはわからないことがあった。 それはどうして自分に渡すのか、ということ。 この日は日本中の女の子達ががそれぞれの想い人にチョコを渡して想いを告げる日。 それなのにどうしてこの御坂美琴は自分にチョコを渡したのか、彼にはわからなかった。 いや、薄々感ずいてはいるがわかりたくなかった。 しかも相手はよりにもよって、自分が気にしている御坂美琴。 ある意味彼が一番渡されたくない相手かもしれない。 上条は不幸な人間だ。 その不幸体質故に、自分が好意を向ける相手、そして自分に好意を向ける相手を不幸にしてしまうのではないかということを彼は恐れている。 自分を不幸にするために…… もしも彼女が自分を好いているのであれば、先ほど述べた条件が重なり、より不幸なことがおとずれるのではないかかとも思っている。 だから上条は美琴からはあまり好意を向けてほしくない。 なまじ自分が彼女に少しながらも好意を向けているだけに。 「あのね…私は、アンタが…上条当麻が好き。何でかとか、いつからかとか、そんなのはよくわかんない……多分、理由も挙げられないくらい好きなんだと思う。いつの間にか好きになってた、私の頭はアンタでいっぱいになってた」 「………………」 「今までずっとやきもきしてた。私はいつまでたっても素直も接することはできないし、アンタのそばにはいつも誰か女の人がいたし、しかもその女の人とも仲良さそうにしてた。だからずっと不安だった。ずっと、ずっとアンタのことを好きでいたのに、こんなにも好きでいるのにこの感情が実を結ばないじゃないかって」 上条はそのまま黙って美琴の告白を聞き続ける。 ただ、黙って。 「でも私はそんなのは絶対嫌だった。だから、ずっと好きなのに素直でいられない自分とはもうさよならするために、私自身の今後のために、その決意の証として今日本命のチョコを渡した。……私は上条当麻のことが好き、大好き。だから、だから……私と付き合ってくれませんか?」 上条が感ずいていたことは当たっていた。 同時に彼が恐れていたことが起きた。 彼女、御坂美琴が自分に恋心を抱いている。 それ自体は本当は上条の本能の部分としてはかなり嬉しいことである。 だが上条の理性はそれを許さない。 ここで受けてしまえば彼女を不幸にしてしまう。 以前に絶望した彼女を見てしまっているだけに、それだけは避けたかった。 「………返事は?」 「………ダメだ、俺はお前とは付き合えない」 「っ!!」 美琴は上条の言葉を聞いた瞬間、突如目の前が真っ暗になった気がした。 勇気を振り絞って告白した結果が、彼からの拒絶。 それは絶対に考えたくはなかったこと。 さっきの告白は勇気を振り絞ってちゃんと言った、そこに自分のミスはない。 じゃあどこで…? 「なん、で…?どうして?お願い、理由を聞かせて」 上条は上条で彼女のその声を聞いて、胸が痛んだ。 彼女の声は小さく、今にも消え入ってしまいそうなほどかすれていた。 だが上条は美琴の顔は見なかった、いや、見れなかった。 今、自分が彼女の顔を見てしまえば決意が鈍ってしまう。 上条はここは心を鬼にして答えた。 「俺はそんなにお前のことが好きじゃない。がさつで、年下なのに生意気、何かとつけてビリビリする。そんなやつとは付き合えない」 「ッ!!…嘘よ……だってあんたはさっき店の前で…」 「ああ、確かに俺は今日を楽しみにしてたと言った。だが別にそれはお前と会うこと指して言ったわけじゃない。義理チョコでももらえないかと思ったからだ」 美琴は上条の言うことを信じたくはなかった、途中からは耳を塞いで何も聞きたくなかった。 上条が自分を好きではない、遠回しに嫌いとまで言っている。 遠回しに言う辺りは彼の優しさなのだろうが、そんなものは気休めにもならない。 何かを言おうとしたが、上条はさっきから自分を見てくれていない、見たくないのかと思った。 そう思うと彼女は何も言えなかった。 大好きな彼からの手痛い拒絶。 頭は、すべての思考を停止している。 美琴は目から溢れでる涙を拭わず、背を向けてそれ以上何も言わずに走り去った。 走り去ってゆく美琴の背中を見て、上条はさっき以上に胸が痛んだ。 自分にはこれでいい、これでよかったんだ言い聞かせてはいた。 しかし、数分前とは逆に今度は理性ではなく本能の方が強く、よかったとは決して認めようとはしなかった。 理性はこれでよかったと言っている、本能は心底後悔している。 今日で彼女と会うことは終わりになってしまうのではないかとも思えてきた。 あんな酷いフリ方をしたから当然だとわかってはいても、それがどうしようもなく悲しい。 なんで自分はこんなに後悔しているんだ? 答えがくるはずもないのに、自分にそう問いかけると、不思議なことにも答えは返ってきた。 自分は実は御坂美琴が気になる程度ではなく、好きなのではないか? 案外返ってきた答えは簡単で、そう自覚すると彼女の顔、声、動作、全てがフラッシュバックする。 今思うと今日に限らず今まで彼女に会った時、笑顔を見た時はとても安心できた。 自分はこんなにも彼女を大事にしていたではないか、こんなにも好きだったではないか。 だが、もう何もかもが遅い。 気づいた時にはもう既に失っていた。 時間は決して元には戻らない。 今こうしている間にも時は過ぎる。 「御坂ッ………!!」 彼女の名前を呼んでも彼女はもうここにはいない。 遠くを見ても影も見えない。 今有るのは彼女から受け取ったバレンタインのチョコと、彼女に贈るはずだったネックレス。 恐らく、彼女はもう自分の前から現れないだろう。 あれだけ言われて、好きなまま現れるわけがない。 異常に悲しくなった上条はもらったチョコの包装をとく。 中身はチョコではなく、チョコのケーキだった。 「……美味い」 入っていたケーキは本当に美味しく、中身だけどこかの有名店のものなのではないかと思うくらいだった。 「本当に、悪いことしたかな…」 さっきのことを脳内で繰り返す。 あの彼女の声は忘れられない。 ただ、多分時間が戻っても同じことをするだろう。 それほど上条は彼女を不幸にはしたくなかった。 しかし、美琴の付き合うことによる不幸と付き合わないことによる不幸とでは、どちらが彼女にとって大きな不幸であるかは、まだ彼は知らない。 上条はまだしばらくはそのベンチからは離れたいとは思わなかった。 同日、常盤台女子寮前 「ははっ……ホント、馬鹿みたい…」 美琴はあの後走り続け、寮の前にまで来ると疲れたのか歩いていた。 「そうよね…あれだけ、雑な態度してたら嫌われるわよね…」 美琴はまだショックから抜けていない。 上条が自分を嫌っていたという事実、嫌う理由、彼女には何故だか納得できてしまった。 会う度に電撃、罵倒を重ねていけば嫌われて当然。 彼女にはもう先の事はもう何も見えない。 唯一の支えであり、想い人である上条が自分を拒絶した。 たったこれだけでも彼女を壊すのには十分過ぎる。 ポケットには彼に贈るはずだったネックレスの袋。 思えば送らなくて正解だったかもしれない。 自分を嫌っている人にはあまりにこのネックレスは重すぎる。 彼女はまだ悲しみから抜けていないものの、少しながら安堵した。 時間はもう門限をとっくに過ぎている時間であり、美琴はいつも門限破りをしたときと同じように寮の裏手にまわり、彼女の後輩の少女、白井黒子を呼ぶ。 電話をすると、すぐに黒子は美琴の前に現れた。 「……?お姉様…?何かありましたの?何やら顔色が悪そうに見えますの…」 今目の前に現れた彼女が不思議に思うほど、自分の顔はひどいらしい。 さらに彼女は自分の予定を知っている。 隠し事は無駄だと思い、何があったのか話す。 「……あのね、アンタの知っての通り、今日アイツと会ってたの……それで、帰り際に…ひくっ…アイツに告白…したんだけど……」 言葉の途中で美琴の枯れていたはずの涙がまた溢れだす。 「フラれちゃった……アイツ、私のこと…嫌いなんだって」 「なっ…!!」 あまりに黒子にとって衝撃的な事実に彼女は絶句する。 何故なら黒子は昨日上条に会っている、そして御坂美琴をどう思っているかまで聞いた。 また、それを言った上条の目には偽りの色など全くないように見えた、いや、あれはないと確信できる程真っすぐな目をしていたのを見た。 だからこそ、今日黒子は美琴がフラれるようなことは絶対ないと思ってた。 「な、なぜですの!?あの方は昨日確かに…!!」 「えっ…?昨日、何かあったの……?」 「お姉様、落ち着いて聞いて下さい。」 「う、うん」 「私は昨日上条さんに会いました。そして私は彼がお姉様をどう思っているか聞きましたの」 「なっ…!」 美琴は驚いた。 昨日の会っていたのは彼女も知っていたが、内容があまりに飛びすぎている。 言い返そうとも思ったが、今は黙って聞くことにした。 「その時、上条さんこう言いましたわ『御坂のことは気にしている』と」 「えっ…?……で、でもそっちが嘘じゃ…」 「いいえ、あれは嘘ではないと断言できますわ。それに、あの方はこの黒子が認めた方なのですから間違いないですの」 さっきの発言もなかなかに衝撃的ではあったが、この事実はそれ以上に衝撃的だった。 確かにあの時は自分の目を全く見ようともしていなかった。 それに、そもそもよく考えてみれば上条の理由には色んな矛盾点というより、多少無理があったところもある。 ではなぜあんな嘘を? 今度はその疑問が浮かび上がってきた。 「それは私にはわかりませんが、黒子に言えることはそれは確実に嘘であることですの。上条さんのことですわ、何か事情があるのかもしれません。ですからお姉様、今ならまだ間に合います、真意を確かめて来てください」 「う、うん…わかった!」 一抹の期待と、疑問とを抱いた美琴は、彼との先ほどの場所へと一目散に駆けていった。 黒子の話を聞いてから美琴の目には段々生気が戻ってきており、変わりにその目には軽い怒りが宿り始めていた。 美琴がさっき上条と別れた所まで戻ると、そこには何故だかまだ彼がいた。 そして何をしているのか、と隠れて覗いて見るとなにやら涙を流しながら自分が渡したケーキを食べていた。 (な、なんで涙流しもって食べてんのよ!……やっぱり黒子の言ってたことは…) それを美琴が見ていると、先程の後輩の言葉を思い出し、彼女はいてもたってもいられなくなっていた。 気付けば美琴は隠れていたことも忘れ、上条の前に立っていた。 「なっ…!御坂どうして…!!」 「聞いたわよ…黒子に…」 上条はいきなり現れるはずかないと思っていた美琴が目の前に現れたことにより混乱していた。 そんな中、彼女の発言。 上条は昨日の黒子と何かを思い出す。 思い出したのは、約束を守る覚悟があるかどうか、御坂美琴をどう思っているか…… 「ッ!!」 「アンタ……嘘ついてるのは私と黒子、どっちなわけ?」 「そ、それは……」 「私の目を見て答えなさい!!!」 上条は美琴の質問に対して、目を逸らそうとしていた。 だが、そこへ美琴が一喝する。 それにより上条は背筋を伸ばし、美琴の目を見る。 彼はもう逃げられないと思ったのか、小さいため息をついて、さっきとは打って変わってしっかり美琴を睨みながら答える。 「……ああ、そうだよ…白井の言った通り、俺はお前が、御坂美琴が好きだよ!」 それは美琴がずっと聞きたかった言葉であった。 彼女はそれ自体はとても嬉しいと思った。 だが、そうなるとやはり一つ疑問が浮き上がってくる。 「なんで、さっきは嘘吐いたの…?」 「……」 「アンタのことだから何か事情があるんだろうって黒子は言ってた。私もそう思う。……お願い、教えて」 美琴はさっきまでとはいかずとも、声はどこか力がない。 上条としても、もうこれ以上は美琴のこんな声は聞きたくなかった。 「理由は…俺が不幸だからだ」 「……?」 「俺はさ、怖いんだよ。俺が誰かを想い、誰かに想われることでその誰かに不幸が訪れてしまうことが…。別に実例があるわけじゃないし、そうならないかもしれない。……けど、怖いんだよ、嫌なんだよ」 理由を聞いてみればやはり、上条らしいとも言える理由だった。 他人を気遣うあまり、自分を省みないところ。 そして自分が救った後の相手の気持ちをろくに考えていないところが。 美琴は彼の恐れていることは真っ当な意見だとも思った。 それでも、彼女は上条に対して怒りを覚えずにはいられなかった。 「だから俺はわざとあんな言い方をした。お前を遠ざけて、お前の俺への好意をなくさせることで……」 「バカ!!」 「は…?」 「アンタ、本当にバカ。なんでそんな重大なことを自己完結しちゃってんの?……アンタが、私にああ言ったときどれだけ傷ついたと思ってんの?」 美琴の内から溢れる上条への怒りと想いが彼女を支配する。 今、美琴は止まらない。 「好き合うことで起こる不幸?そんなの、アンタにあんなことを言われた不幸に比べれば何でもないわよ!!どうして断る前に相談してくれなかったの?私が話を聞いてからでも遅くはないでしょう!?」 彼女の感情が益々高ぶる。 声は段々と大きくなってゆき、今日何度目かの涙も流していた。 「私は…アンタと一緒にいられない方が嫌。アンタにあんな言い方される方がずっと嫌。もし本当にアンタが私のことが好きで、もし本当に私の幸せを願うなら……!!」 「御坂!!」 美琴は涙を流しているのを隠すために俯いていたため、突然自分を覆ったものが何か理解できなかった。 だが、涙を流しつつも顔を上げるとそこには辛そうな表情をした上条の顔があり、そこでようやく自分の状況を理解できた。 美琴は今上条に抱きしめられている。 それを理解した彼女は話すのをやめ、上条の背中へと手をまわすと、顔を彼の胸にうずめ、大人しくなった。 今は間近に感じられる上条の温もりを、存在をより味わうために。 「ごめん、俺なりのお前を想う気持ちの行動が逆にお前をより苦しめることになるとは思わなかった」 「……」 「こんな、こんな俺だけど……俺と付き合ってくれるか?」 「……始めからそう言ってるし、しかも私はアンタ…と、当麻じゃないと嫌なんだから」 「そっか……じゃあ御坂…いや、美琴。俺と付き合うことでお前に不幸が起こるかもしれない、それ自体は俺自身はあまりよしとは思わない。けどだ」 彼は一旦言葉切る。 そして今度は腕の中にいる美琴の目をしっかりと見ながら、 「お前が俺と離れることがより大きな不幸だと言うなら、俺はいつでもお前のそばにいてやる。たとえお前に不幸が起きても、だ」 「うん……私も…たとえ不幸が起きても、アンタのそばは絶対に離れない。……それが、私にとっての一番の幸福だから…」 そう言うと、しばらくの間二人は黙りながらお互いに見つめ合い、 ―――次第に二人の影の距離をゼロにした。 夜空の星は依然として、燦然と輝いていた。 まるで、今結ばれた2人を祝福するかのように… 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/side by side
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/2127.html
前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある不幸な都市伝説 5日目 後編 この世は何が起こるか分からない。 人生の転機とは唐突にやってくるものだ。 とある不幸な少年は、魔道書を記憶しているという少女を助けた事で、科学と魔術の抗争に巻き込まれていく事になった。 最強を求めた少年は、今まで殺してきた人形と瓜二つな少女を助けた事で、学園都市の更なる闇へと堕ちていく事になった。 チンピラだった少年は、たった一人の愛する少女を助けた事で、学園都市を敵に回す事になった。 突然死神のノートを拾う事もあるかもしれない。組織の新薬の実験台にされ、子供になる事もあるだろう。 実家の蔵の地下に、大妖怪とそれを滅する槍が封印されている事だって、十分にありえるのだ。 だから驚くべきことじゃない。 「昨日までそんな素振りを全く見せなかった男から、突然告白される」なんてことは。 たとえそれが意中の相手だったとしても。 その二人が唐突に恋人同士になったとしても、別に驚くことではない。きっとよくあることなのだ。 そんなよくある二人の上条と御坂。 たった今恋人となった二人は、同じベンチに座っている。ただそこには、大分距離がある。 まぁ確かに告白直後だ。気まずいのも無理はないだろう。 そんな二人はそれぞれ思いにふけているようだ。これからのことを考えているのだろう。 (どどどどうしよう!!! すごくうれしいけどアイツの顔まともに見れない~~~!!! こんな時はどうすればいいんだっけ!? えっとえっとたしか、相手の顔に「人」って書いてカボチャを三回飲み込めばいいんだっけ!? あ~も~!! 全然頭が回らない~~~!!!) みさかは こんらんしている! わけも わからず じぶんを こうげきした! 少々テンパリすぎな感はあるが、御坂の反応は分かる。 問題は上条だ。 「ついに ねんがんのカノジョを てにいれたぞ!」なはずなのに、何だか浮かない顔をしている。 彼は御坂とは全く違う事を思っているようだ。 彼氏彼女の事情は違うのかもしれない。 (恋人役はこれでいいとしても、これからどうするかだな…… とりあえずその場しのぎにはなるが、根本的な解決にはなっちゃいねぇ。 かと言って、動きようにも情報が少なすぎる。 手がかりといえば、精神系の魔術師か能力者。一度に大勢を操れる。……それくらいか。 しかも目的が全く読めないのも厄介だよな。 女の子を使って俺に告白させて何のつもりだ?俺の純情弄ぶやん? せめて魔術に詳しい味方がいればいいんだが…… あ~くそ! 土御門がやられてなきゃな~!!) 君は一体何を言うとるのかね。 彼は架空の敵を勝手に作り、勝手にピンチに陥っている。 つーか純情弄んでんのはお前なんだが。 「おーいたいた! 久しぶりなのよ上条当麻! ……ってそれほどでもないか」 迷走中の上条のもとに、ある男が話しかけてきた。 その光沢のあるクワガタのような特徴的な髪型の男は、 「た、建宮!? 何で学園都市【ここ】に!?」 「まぁちょっと野暮用なのよな。」 そう言いながら、建宮は御坂の方をチラリと見る。 (んー…この子が上条当麻のことを好きなのは間違いなさそうなのよ。 けどこれくらいなら、女教皇様と五和にもまだまだチャンスがあると見た!! お嬢ちゃんには悪いが、恋ってのは奪ってナンボの世界なのよ!!) なにやら燃えている建宮。 お願いだから、これ以上事態をややこしくしないでくれないか。 「野暮用って?」 「あー…実はアレなのよ。みんなしてお前さんに会いに来たんで、俺はその付き添いみたいなものなのよ。」 みんな、というワードに上条は嫌な予感がした。 「誰が来てんの……?」 「女教皇様に五和。それにオルソラ嬢、シェリー、アニェーゼ、レッサー。あとはステイルなのよ。」 言いながら建宮はケータイを取り出した。 「もしもしステイルか? ああ、上条当麻を発見したのよ。 そうそう……えっ?違う違う。 その猫地蔵の呪いにかかったって人は別人なのよ。 うんそう、似てるだけ。」 どんな会話してんだよ、と思いながらも、上条は益々嫌な予感を募らせる。 (まさか、神裂達まで!? 学園都市の中だけの問題じゃねぇのか!?) 事態はさらに深刻化する。主に上条の頭の中で。 すると反対側から、ちょいちょいと右腕の袖を引っ張られた。 「どうかしたのか?美琴。」 「ぅえっ!? あ、い、いや、その…誰なのかなって……」 やはりまだ会話がぎこちない。 ただし、ぎこちないのは御坂側だけで、告白した張本人は実にあっけらかんとしている。 「そう言えば美琴は会ったことなかったな。 アイツは建宮斎字っつって、まぁ、あっち側の人間だ。」 「…あっちって……魔術師ってこと…?」 「まぁな。けど仲間だから大丈夫。いいヤツだから安心しろって。」 「そう……」 御坂は魔術師に対して、あまりいいイメージを持っていない。 初めて触れた魔術が、「ガラスの靴」や「森の住人」だったのだから無理もないが。 これがもし「竜破斬【ドラグ・スレイブ】」や「光の白刃」だったら、また違った印象を受けたかもしれない。 いや、どちらにせよ、いい印象は受けないか。 「もうすぐ来るみたいなのよ。」 電話をし終わった建宮は、自販機に寄りかかりながら話しかけた。 (さて、みんなが来る前に、ある程度情報を引き出しとくとするか。) 尋問開始。 「まず聞きたいんだが、二人は付き合ってるのか?」 その質問に御坂はビクンと跳ね上がるが、上条は冷静に答えた。 「……何でそんなこと聞くんだ?」 「ただの興味……と言いたいが、こっちにも事情があるのよ。」 事情。その言葉に、上条は「やはりか」と先程の嫌な予感を確信へと変える。 「待て建宮。 そのことは全員揃ってから説明しよう。 ステイルも来てるんだろ? アイツにも協力してもらいたい。」 「………?」 上条の目は真剣だった。 建宮はこの目を何度か見ている。 法の書を巡る事件の時、アドリア海の女王に乗り込む時、そして後方のアックアと戦った時。 上条はいつも、何か大切なものを守る時にこの目をしていたのだ。 冷やかしに来た建宮だったが、その目を見て何かを感じ取り、仲間達の到着を黙って待つことにした。 (まさか、学園都市で何か起きているのか? だとしたらこんなことしている場合じゃないのよ……) こうしてまた、めんどくさい誤解が広がっていくのであった。 しばらくしてステイルらと合流した上条と御坂は、今はそれぞれ男子チームと女子チームに別れている。 「精神操作か……随分と厄介だね。」 「本当に右手は反応したのよな?」 ステイルと建宮は、神裂達が操られていないことを知っている。 上条の教室で起こった事だけを聞けば、神裂達同様、御坂への嫉妬心から起こした行動であろうことは予測できる。 しかし、それでは絹旗に幻想殺しが発動したことが説明できない。 やはり何か事件がおきている事は間違いなさそうだ。 全く、食蜂さんが余計なことをしなければ…… 「ああ、間違いねぇ。 しかもその絹旗って子とはほとんど面識が無い。ほぼ無関係だ。 つまり敵は、俺の近くにいる人間なら、誰彼構わず平気で巻き込むようなクソ野郎だってことだ。」 「お前さんがハワイで戦り合った魔術師はどうなのよ? 確かグレムリンの中にそういう魔術を使うヤツがいたはずよな。」 「いや、サローニャじゃないと思う。 アイツは大勢の人間を一度に操れないし、そもそもこんなことできる状態じゃないからな。 ステイルは何か心当たり無いか?」 「その手の魔術師なら何人か知っているが……学園都市に来ているとは考えにくいね。 それ以前に、土御門すら簡単に操るヤツが動いているなら、必要悪の教会に何の情報も入ってこないのはおかしい。 となると犯人は………」 「能力者…か?」 「その可能性が高いと言っているだけさ。 犯人が意図的に情報を遮断しているかもしれないから、断定はできないけどね。」 「結局は何も分からないってことか……」 「とりあえず僕は、吸血殺しの子に、魔力の痕跡が無いか調べてくるよ。 魔術を使ったのなら何か分かるはずだ。 ただ、もしこれが能力によるものなら僕にはお手上げだけどね。」 「なら俺は、怪しそうな能力者を洗い出しておくのよ。 心配しなさんな。隠密行動は天草式の十八番なのよ。」 「じゃあ俺は、引き続き美琴と恋人のフリをしながら、敵の出方をうかがう。 二人とも、くれぐれも気をつけてくれよ!」 「……その前に、本当にあの子とは恋人の『フリ』なのよな?」 「ああ、美琴もそれを承諾してくれてる。」 「それを聞いて安心したのよ。(後で女教皇様と五和に言ってやろう。)」 上条はそこで二人と別れた。 (それにしても、あの神裂まで洗脳するとは……敵がそれだけ強力ってことか。 もしこの状態が、魔術や能力なんかじゃなかったら、上条さんはどれだけ幸せ者か…… なんて、あるわけ無いよな……ははは…不幸だ……) 確かに、お前の鈍感さは不幸だよ。 現実を幻想と勘違いし、その幻想すらもぶち殺すあたり、流石はフラグメイカーにしてフラグブレイカーである。 一方、男子チームとはまた違った緊張感に包まれている女子チーム。 とても気まずい。 御坂は、五和とレッサーは知っているが、他のメンバーは知らない。 というか、レッサーが上条と知り合いだったというのは驚きだが、今はまぁいい。 6人中3人の乳がデカイのもどうかと思うが、それもまぁいい。 御坂が上条から頼まれたことは、「この女性陣に事情を説明してくれ」というものだった。 上条の考えは、 「今、神裂達が抱えている感情は、何者かによる洗脳で植え付けられたモノ。 だからまずはそれを説明して、それでもダメなら『御坂が上条の彼女だ』と暴露して、諦めてもらう。」 というものなのだが、洗脳云々を知らない御坂にとって事情を説明するということは、 「上条の友人達に、『自分が上条の彼女です』と自ら自己紹介する」 ということなのだ。 最終的にやることは変わらないのだが、モチベーションが大きく違う。 (でででできるわけ無いでしょうがっ!!! どんな羞恥プレイなのよっ!!!) まぁ、御坂の性格なら当然こうなるだろう。 いつまでもマゴマゴモゴモゴしている御坂に痺れを切らしたのか、この中で一番男らしいシェリーが、 誰もが聞きにくかったことを直球で聞いてきた。 「………なぁ、お前は上条当麻のコレか?」 そう言いながら小指を突き立てるシェリー。 それを見て御坂は、真っ赤になりながらも小さく頷いた。 「ぁ…あの……その…えと………はい………」 それを聞き、大なり小なりショックを受ける乙女達。 (何だ…やっぱりか……来て損したわね………) (そりゃそうですよね……彼になら、彼女の一人くらいいてもおかしくねぇってな話ですよ………) (や、やはり祝福するべきですよね……しかし、何故こうも胸が痛むのでしょう…?) (諦める…べき……なので…ございましょうか………) (あー!! 私の完璧な「人類イギリスに補完計画」がぁ~~~!! ……ん? それなら彼女さんも一緒に働いてもらえばいいんじゃないですか? すごい閃き!! レッサー天才!!) 一部さほどショックを受けていない人物もいるが、それはまぁ特例だ。 特に、「上条のためなら死んでも構わない」と本気で思っている五和などは、 「あ……は……ははは…は………」 完全に放心状態だ。そして危険な状態でもある。 アックア戦を思い出してもらえばお分かりになると思うが、彼女はヤンデレになれる才能を秘めている。 が、別になって欲しい訳ではない。 彼女には、殺した両親を埋めるために巨大な穴を掘ってほしいわけでも、 腹を掻っ捌いて、妊娠しているかどうか確認してほしいわけでもないのだ。 と、そんな状況の中、男子チームから一人になった上条が、ノコノコ歩いて来やがった。 コイツのせいでえらい騒ぎである。 上条は神裂達の顔を一通り見るが、やはり様子がおかしい。 (やっぱりダメだったか……) ダメなのはお前の頭なのだが。 上条は絹旗の例もあるため、一人一人の頭を撫でてみた。 しかし、彼女たちが顔を赤くするばかりで、幻想殺しは一向に反応しない。 今回も姫神たちの時のように不発したらしい。 上条は溜息をついた後、御坂の肩に手を回しこう言った。 「みんな、もう聞いたとは思うが、俺はこの美琴と付き合っているんだ。 だからみんなの気持ちには応えられない。本当にゴメンな。」 あの鈍感だった上条からは、想像もつかないような衝撃の言葉が、その本人の口から出てきた。 御坂から聞いたのとは訳が違う。 想い人である上条本人から聞くというのは、先程とは比べ物にならないくらいショックなのだ。 アニェーゼはうっすら涙を浮かべ、五和は走り去ってしまった。 奇しくも教室で起こったことを、そのまま再現する形になったのだ。 これが全て勘違いによるものなのだから、彼女たちも浮かばれない。 「ま、まぁそういうことらしいので、今日はもうお開きってことでいいんじゃないですか!?」 重い沈黙に耐えかねて、レッサーがこの場を何とかしようとする。 ここで「人類イギリスに補完計画」がどうとか言わないあたり、流石のレッサーも空気を読んだようだ。 レッサーの言葉を聞き、一人、また一人と彼女達はこの場を離れていく。 最後に神裂が、 「幸せに……なってくださいね………」 と言っていたのが、妙に印象的だった。 取り残された二人はしばらく沈黙し、再び思いにふけていた。 (今のってやっぱり、みんなコイツのことが好きだったってことよね……… あたしなんかで本当にいいのかな……ううん! コイツが選んでくれたんだもんね! 自信持たなきゃ!! か、か、彼女として!!!) 一方、上条も思うところがあるようだ。 (教室のことといい、さっきといい……明らかに俺を狙ってるよな…… となると美琴を巻き込むのはやっぱ危険か? いやでも、美琴が一緒にいないと「恋人がいる」って言い訳はできないし………) 悩んだ上条は、改めて御坂に決定権を委ねることにした。 断られたらその時はその時だ。 「美琴!」 「ひゃ、ひゃいっ!!?」 突然呼ばれて御坂は飛び上がった。 「こっちから頼んでおいてなんなんだけどさ……その、本当にいいのか? 俺の恋人(役)なんて……色々危険なこともあるしさ。」 危険。その言葉に御坂はピクッとする。 この男がいままでどれだけ危険な戦いをしてきたのか御坂は知っている。 自分の命を省みず、どれだけ多くの人を救ってきたのかを知っている。 かくいう御坂だって、その中の一人なのだから。 記憶を失おうが、右腕をぶった切られようが、何度死に掛けても彼は足を止めなかった。 そんな彼だからこそ、多くの女性が心惹かれたのだろう。 「もし美琴が嫌だったらさ、今からでも考え直して―――」 「いや!!!」 それまでのおどおどした態度とは一変し、御坂は自分の気持ちをはっきりと言葉にした。 「考え直せって何よ!! アンタがあたしのこと、ひ、必要って言ったんじゃない!! アンタの性格なんて百も承知なのよっ!! これからだってアンタは危険なことに首を突っ込むんでしょ!? ホントは止めたいけどアンタは止まんないんでしょ!? 分かってんのよそれくらい!! だからあたしが支えてやるっつってんの!! そういうところも受け入れてアンタのか、か、彼女になるって言ってんのよ!!! それくらい分かりなさいよこの馬鹿!!」 息を切らしながらも御坂は自分の気持ちを曝け出した。 それは全く嘘偽りの無い、純粋な彼女の想いである。 素直になれない彼女がここまで言うには、相当の勇気が必要だっただろう。 それを聞いた上条は、 (美琴……そこまで俺を心配してくれてたのか………俺はいい友達を持ったなぁ……) などと、もうお前マジで死んだ方がいいんじゃないかと言いたくなるような感想を述べているが、 上条自身も気付いていない。 赤くなりながらも自分への想いをぶちまけた御坂を見て、 自分の頬もほんのり赤みを帯びていることに、彼は気付いていない――― 「よ、よし! じゃあ何の問題も無いってことで、気を取り直してこれからちょっと街をぶらつくか!! (ステイル達の連絡はまだだ。 俺達にできるのはカップルのフリして敵の出方を待つことだけだもんな。)」 「そ、それって、デ、デートって…こと?」 「そりゃそうだろ。恋人(役)なんだから、デートしない方が不自然だろ?」 「そ、そうよね!! ここ、恋人だもんね!!」 こうして二人は公園を後にした。 この何ともいえない、アンジャッシュのコント状態はまだまだ続くようだ。 「あっ、ポケットに入れっぱなしだったけど……いちごおでん食べるか?」 「…いや、いらない………」 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある不幸な都市伝説
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/3047.html
前ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/上琴の奇妙な体験 美琴はお風呂を上がり、制服に着替えている途中、いろいろと思いふけっていた。 いろいろ、と言っても内容は上条オンリーだが。 「(この生活……夢みたい…………)」 『夢』 寝ている間に見る物と、将来実現させたい願望の2つの意味を持つ『夢』。 絶対に内緒の話だが、美琴はこの2つの意味で上条との夢を見ていた。 睡眠中の夢では上条とうまくいったり、夢の中でもスルーされたり、種類はいろいろだがとにかく上条がでてくる頻度が多い気がする。 さらに将来の願望という方の意味では、上条と一緒になれたらなー、なんて漏電赤面物の想像(妄想)をしてたりもする。 そんな美琴にとってこの未来は『夢』そのもの。 憧れ以外何ものでもない。 「(5年、かぁ…………5年待てば私もアイツと……け、結婚することになるのかなー……なんて)」 考えるだけで顔が熱くなる。 そして妄想も加速する。 「5年……5年か。 付き合えるなら今のうちに準備しとくことないかな……デートの場所とか、お弁当の内容とか……」 「ちょっと私、心の声が漏れてるから」 「ッ!!? 今の聞こえて……? ってかなんでいるのよ!!」 「タオルあったかなー、と思って。 というか駄々漏れってレベルじゃないわよ。 もうちょっと自重しなさい」 「う……」 自分に指摘されるというのは奇妙な感覚だ。 「って、冷静に考えたらアンタも私なんだから、5年前に同じ失敗してるのよね」 「いやしてないけど?」 「はぁ!? なんで!?」 「そりゃ会話の内容とか行動とかが丸々同じってことはないわよ」 「で、でもさっきのお風呂の出来事とかは同じだったんじゃ……」 「大まかな流れはね? でも今みたいな細かいところは普通に変わってるわよ。 喫茶店の名前も私が5年後に来た時は別の名前だったしね」 「そ、そんな……」 急転降下。 今の未来が確定していないとわかったのだ。 つい今までは、ただ5年間過ごせば上条とくっつけると思っていただけにショックは大きい。 「ねぇ、いくらなんでも落ち込みすぎじゃない? 大まかな流れは変わってないわけだし」 「だ、だって、100%未来がわからないじゃどうなるかわからないし……」 「…………御坂美琴はそんな弱気な人間だったかしら?」 「え?」 「アンタは今まで未来がわかってなかったわけだけど、そんな弱気だった? 」 「…………」 「御坂美琴って人間はどんな困難にも立ち向かっていったでしょ? だったら今回も1つの困難だと思ってどーんと積極的にいきなさい!」 「…………うん、そうしてみる」 自分に元気づけられるというのも不思議な感じだが、実際かなり元気が出た。 弱々しさは消え、1つの決心もついた。 「(5年前に戻ったら…………もうちょっと、いやもっとアプローチしなきゃ、アイツ鈍いしね)」 ♢ ♢ ♢ 2人の美琴が部屋に戻ると、2人の上条が雑談をしながら待っていた。 そして5年後上条がこちらに気づいた。 「お、戻ってきたか。 なんか時間かかったな」 「まあいろいろあってねー、ていうかそろそろ時間じゃない?」 「え? ああ、もうそんな時間か」 今、時計の針は11時45分を指していた。 5年後の2人の話だと、『寝たら戻る』とのことらしいので、これ以降いつ戻ってもおかしくない。 ということは、時間がやってきたらしい。 4人がご飯を食べた机を囲んだところで5年後美琴が5年後上条を促し、5年後上条もうなずく。 「そうだな、最後に何か聞きたいこととかないか?」 5年後の上条の問いかけに、上条と美琴は沈黙する。 聞きたいことがないからではない、あまりに、まだ聞きたいことが多過ぎるのだ。 その膨大な量の中から、上条は一つを選んだ。 「じゃあ……漠然としたことだけど、俺はこれからどうすればいい?」 「……どうすればいい、ってのは、5年前に戻ってからのことだな?」 5年後上条の口調は全てわかっている、という感じだった。 上条はうなずき、話を続ける。 「ああ。そんで、御坂とのことなんだけど……」 「!!」 今までただ聞いていただけの美琴の体がビクッと動く。 まさか自分の名前が出てくると思っていなかった美琴は、横目で上条を見る。 「戻って御坂と会い続けていると、その、結婚することになるんだろ?」 「そりゃもちろん……多分」 「…………正直に言うぞ、今の俺じゃ御坂と結婚してる姿が想像できない」 「ッッッ!!」 美琴の体が先ほど以上に大きく動く。 「(そ、想像できない……? それって、どういうことよ……)」 美琴はジッと上条を見つめるも、彼はそれに気がつかない。 そしてそのまま、上条は抱えていた大きな『悩み』を吐き出した。 「もちろん御坂のことが嫌いってわけじゃないだ。でもなんて言うか、俺は今までに女の子を好きになったことはないし、恋愛ってのがよくわからないっていうかさ。それにそんな変な感じで御坂に会っても御坂に失礼だと思うし……」 上条の悩みは真剣そのものだった。 それに美琴のことを気にかけているのも実に上条らしい悩みだった。 誰とも目線を合わせず、気まずそうにする上条だったが、美琴はなんと声をかけていいのかわかならない。 上条と会わなくなるのだけは絶対にイヤだ。 しかし、彼に拒まれたら、自分はどうすればよいのだろうか。 上条の悩みが美琴に伝染しかけたその時、全てを5年後上条が一蹴した。 「それはあれだ、気にすんな!」 「ッ!!? え、いや、気にすんなって言われても…… 「あのな、俺はお前なんだ。 その俺が気にすんなって言ってるんだからいいんだよ。何も気にしないで今まで通り過ごして問題ないって」 そう言って笑う5年後上条の無駄とも言える自身を前に、美琴は少し気が楽になった。 だが、豪快とも言える性格の5年後とか変わり、少しばかり弱気になっている上条は、まだ納得できていないようだった。 「そ、そうなのか? ……でも御坂のこともあるし……」 「あーもう!! 俺ってこんな面倒くさい性格だっけか!?」 「面倒くさい性格よー」 「おい妻、それはひどくないか……ってまあそれはいい。 この際お前ら二人でちゃんと話し合えよ。 俺らははずすからさ」 「え、いや、ちょっと待……」 上条が言い終わる前に、5年後の二人は寝室へと消えて行った。 しっかりと手を繋いで。 残された2人には、当然のように沈黙が訪れる。 「「…………」」 上条はこちらを見てくれない、やはり相当悩んでいるようだ。 だが、美琴の答えは決まっている。 そして今の美琴にそれは伝える「勇気」がある。 さらに、その『先』を言う勇気もだ。 「(大丈夫よ、大丈夫。 自分の気持ちを、素直に伝えるだけ……それだけだから)」 美琴は、1つ大きく深呼吸をし、自分の想いを伝え始める。 「…………そ、そそんなのいいに決まってるじゃない。 5年前に戻ったら、会わないってのおかしいわよ」 「え? いやでも、それだとこの未来になる可能性が高いんだぞ?」 「だ、だから……」 思わず言葉に詰まる。 しかし言わないわけにはいかない。 今言わなければ、『この』未来は訪れないだろう。 美琴はもう一度深く深呼吸をした後、まっすぐ上条の顔を見て、 「私は、アンタと一緒にいたいの。 会わない、なんてのは、嫌」 はっきりとした口調で、そういった。 迷いの一切無い、言葉だった。 上条は一瞬戸惑ったようだったが、美琴の変わらない意志を感じたのか、強張っていた顔が緩んだ。 「……そうか、わかった。 まあホントのこと言うと、俺だって会わないってのは嫌だしな。 どうなるかわからないけど……これからもよろしく頼む」 「ッ! う、うん!!」 美琴は大きくうなずいた。 また上条と一緒にいることができることが、彼女に安心感を与え、上条同様強張っていた顔を緩ませた。 しかし、まだ終わりではない。 また大チャンスの途中だと、美琴は思っていたのだから、再び顔も心も引き締める。 自らの5年後のために、今ここで積極的に行動しておくべきここを逃すべきではない。 「よし、んじゃあの2人を呼んでくるか」 上条は立ち上がり、5年後の自分たちがいる寝室へ行こうとしたのだが、 「ちょ、ちょっと待った!! 」 美琴は勇気を振り絞って、震えるような声で上条を呼び止めた。 「ん? なんだ?」 「その……よ、よよければ…………つ、作ってあげよっか?」 「?? 作るって何を? タイムマシンか?」 「バカかアンタは!! そんなもん作れるなら私は今頃博士号とってノーベル賞もらって世界的有名人よ!!」 「じゃあなんだよ、上条さんにもわかるように言ってくれよ」 「だ、だから、……理を……」 「いや聞こえないんですが……」 「だからっ! その! りょ……料理…………」 「料理?」 上条は余程予想外だったのか目を丸くしていた。 「ちょ、ちょっと、返事くらいしてよね!」 「あ、ごめん。 なんかあっけに取られてたっていうか……でもなんで料理なんだ?」 「なんでって……えーと…………さ、さっき晩ご飯食べてた時、ちらちらこっち見てたでしょ」 「え……気づいてました?」 「さすがにあれだけ見られれば気づくわよ、アンタじゃないんだから」 「それはどういう意味だ?」 「と、ともかく! 食べ終わった後も美味かったとか、また食べたいとか言ってたでしょ? だから あ、アンタさえよければ、作るけど……どう、かな?」 言った、言い切った。 告白でもなく、ただ料理の話なのに心音がヤバい。 美琴は顔の紅潮を隠すかのように俯き、上条の返事を待つ。 が、上条からの返答は思いの他、早かった。 「まあ……御坂がいいって言うなら、作ってもらおうかな」 「ほ、ほんとに!?」 美琴は顔を上げ、上条を見る。 そこに立っていた上条は少し驚いたような表情をしていた。 「ああ。 ……なんで御坂が喜んでるんだ? 普通逆じゃね?」 「う、うるさいわね!! そんな細かいこと気にしなくていいのよ!!」 「細かいか?」 「いいから!! そ、そうだ。 私は2人を呼んでくるからちょっと待ってて」 「お、おう、わかった」 上条を気迫で強引に押し込み、美琴は足早に寝室へ入った。 もう上条と顔を合わしている事自体が限界だった。 「(やった……やったやった!! これでちょっとは進展する……はず、よね? 私にお礼言っておかないと)」 美琴はちょっぴり薄暗い寝室に入り、奥のクローゼットと思われる物の前にいる5年後2人の元へ歩み寄る。 「(ん? 何か話してる……?)」 小さいが聞こえる話し声。 L字型の部屋のため、2人の位置からこちらは見えない。 気になった美琴はこっそりと聞き耳をたててみる。 そこで聞こえてきた会話は――――― 「上手く話し合えてるかね、5年前の俺達は」 「大丈夫よ。 なんたって私たちなんだから」 「ははっ、まあそれもそうだな」 「それにしても、今の当麻じゃありえないわね。 私と結婚することが考えられないなんて言うなんて。 今じゃ毎日べったりなのにねー」 「ほんとだよ、美琴と結婚したことで上条さんは超幸せ者ですからねー。 でも、べったりなのはそっちじゃないか?」 そして、5年後上条は5年後美琴を抱き寄せる。 5年後美琴も待ってました、と言わんばかりに両手を上条の背に回す。 「んー? それはどうかなー」 「今もべったりじゃん、この可愛いやつめ! …………まあ、今でも『考えられない』っちゃあ考えられないな」 「それはどういう意味でかしら?」 「そりゃもちろん、美琴なしの生活が『考えられない』って意味で、な」 「えへへ……私もよ?」 そして、2人は見つめ合い、距離が縮まる――――― 「――――――――ッ!!??!?!!??!??!?」 声にならない叫びとはこういうことを言うのだろう。 美琴は2人と話すことなく、リビングへ超ダッシュでリターンした。 これには上条も驚いたらしく、 「おお!!? ど、どうした!? 呼びに行っただけで驚くわけないし……変な虫でも見たのか!?」 「ち、違っ、そ、そうじゃなくて…………!!!」 「じゃ、じゃあなんだよ、5年後の俺らが関係しt」 「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!! ア、アンタはしゃべんなっての!!!!!!!!」 「ちょ!! 何度目だよ!! 室内で電撃はマズいだろ!! 落ち着けって!!」 美琴の頭に上条の右手が置かれると、放電はピタリと治まった。 「あ、あの!! 手が……頭に……」 「こうでもしないと放電するんだろうが!! で? 何があったんだよ」 「何って……それは……」 自分が見た状況を、まともに話せるわけがなかった。 「(あ、ああ、アイツと、わ、わた、わ、私が…………キs――――――――)」 上条の声が遠くなっていき、美琴は倒れた。 ♢ ♢ ♢ どれくらいの時間が経ったのだろうか。 寒いような、暑いような、なんとも言えない奇妙な感覚。 この感じは初めてではない。 つい最近、味わったことがある感覚だ。 「う……うーん……」 頭が冴えない。 思考が安定しない。 それでも体内時計が起きろと言っているのだろうか、上条は上半身を半ば強引に起こした。 「………………ここは……俺んちだよな」 右手で目をこすり、それでも視界はまだぼんやりとしているが、室内を見回す。 そしてようやく状況を把握した上条は、大きなあくびをし 「そうか……戻ってきたのか」 本当に1日の出来事とは思えないくらい、濃い1日だった。 急な5年後へのタイムスリップ、そこで出会った自分の姿。 さらにはまだ20歳だと言うのに、結婚して家庭を持ち、さらに自分で店まで経営しているという超展開。 さらにさらに、その相手と言うのが 「まさか御坂だとはなぁ……」 上条は一応夢の可能性も考え、携帯電話に手を伸ばし日付を確認してみたが、確かに1日時間が経っていた。 「やっぱ夢じゃないよな。 さて……どうしたものか…………ん?」 不意に右手に襲った柔らかい感触。 それに妙に膨らんでいる布団。 「……待てよ、ここベッドだよな。 てことは今のインデックス…………」 上条からサーっと血の気が引いた。 マズい、これはマズい。 どうやら戻って来たのはいいが、いつもの風呂に戻してはくれなかったようだ。 しかも今ので彼女は目を覚ましたらしく、もぞもぞと動き出していた。 これは朝から噛みつきのフルコースですね、わかります。と覚悟を決め、上条は目を閉じた。 が、 「何よもう…………朝っぱらからいい度胸してるわね……黒子」 「………………あれ?」 この声はインデックスではない。 服装もいつもの『歩く協会』でなければ、髪色も銀ではなく栗色。 頭まですっぽりとかぶっていた布団から姿を現したのは、もうお分かりだろう。 「黒子……覚悟はできて…………あれ?」 「よ、よう…………御坂」 美琴はきょろきょろと部屋を見回す。 自分が今置かれている状況を的確に把握するため、部屋の隅から隅まで見回しているように上条は思えた。 そして最後にじっと上条を見つめたかと思うと、急激に顔を紅潮させ、 「…………ちょ、ちょ、あ、アンタ……な、何触ってんのよ!!」 「ま、待て待て待て待て待ってくださいお願いします上条さんちの家電が死んじゃうから頼むから待ってくれ!!!!!」 「ちょっ……!」 部屋に紫電が走る、前に間一髪上条の右腕が美琴の頭に届いた。 しかしそれは美琴にとってはたまったもんじゃない。 なぜなら現在の状況は「ベッドの上」で「男女が2人」、しかも「至近距離」で「頭に手を」おかれているからだ。 しかし上条だってたまったもんじゃない。 この右手を離したらきっと家電はお亡くなりになってしまうだろう。 「御坂、落ち着け。 落ち着いて電撃を止めてくれ。 いやマジで」 「こ、この状況で落ち着けるわけないじゃない!!! そ、そ、それにアンタさっき、さ、さ、触ったでしょ!!」 「ち、違う! あれは不可抗力だ!! まさかお前が隣にいるって知らなかっただけで……」 美琴の『胸』を触ってしまったことは事実。 上条は思わず右手に力が入ってしまったのだが、美琴にはそれが心地よ過ぎたらしく、 「ちょ、ちょっと、手、強い……(いいけど)」 「あ、ごめん……もう大丈夫か?」 「う、うん、多分」 「いや多分じゃ困るんだけど」 まあ実際大丈夫だったわけで、2人はベッドから下りてようやく落ち着いた。 ……わけがなかった。 インデックスの書き置きと思われる『小萌の家に行ってくるんだよ』、的な置き手紙が置かれていた机を2人で囲んで座るも、 「(御坂と結婚してたんだよな、しかも夢じゃないんだよな……向こうにいるときはなんともなかったけど、顔見れねぇよ……)」 「(こ、コイツと結婚……結婚!? な、なんか、なんか、あっちでもいろいろあったけども! 最後に『アレ』も見ちゃったし……そのせいで2人にはお礼言い損ねたけど……そ、それはともかくこうして現実に戻ってみると……もう顔見れないわよ……)」 と、上条は目線を泳がせ、美琴はやっぱり俯いていた。 美琴はともかく、さすがの上条でも『結婚』しているという未来を突きつけられれば、相手を意識してしまうものだ。 というか、しないほうがおかしい。 「あー……なんだほら、なんか飲むか!? お茶とかコーヒーとかならあるけど……」 「あ、うん…………じゃあコーヒー…………コーヒー……」 2人が『コーヒー』から連想したもの、それは5年後の2人の姿と写真で見た、 「「(*1)」」 再び2人は沈黙する。 なんというか、胸がむずむずするような変な感覚を上条は覚えていた。 「え、えーと、だな…………そうだ!! 今、何時なんだろうな」 会話が思い浮かばな過ぎて、というよりは最早何を言っても未来の自分たちの姿を思い出してしまいそうで、苦し紛れだった。 しかし、 「えと……って、何これ!?」 「ど、どうした!?」 美琴の急な大声に驚いた上条は、思わず彼女の携帯を覗き込んだ。 するとその画面には、 「着信108件って……しかもほぼ白井か」 相当美琴のことを心配していたのだろう。 もちろん黒子以外の名前も多々あり、美琴の人望の凄さが見て取れた。 上条も自分の携帯を見てみたのだが、 「(…………2件かよ。 しかも土御門と小萌先生とか絶対補習関連だろ。 え、何? 俺って人望ないの?)」 無駄に落ち込む上条だった。 「ちょっと何暗い顔してんの? 大丈夫?」 「ああ……大丈夫だ。 そういや 向こうと同じだけ時間が過ぎてるなら丸1日時間が過ぎてるんだったな」 「そうなのよ、すっかり忘れてたけど。 こうしちゃいられないわね」 そう言い終わると、美琴は側に落ちていた自分のカバンと靴を拾い上げ、 「ごめん、今日はもう帰るわね! みんなにかなり心配かけちゃってるみたいだし……」 「お、おう、気をつけて帰れよ」 急いで玄関に走る美琴の後を追い、上条も玄関へと進む。 かなり慌てている彼女だったが、靴を履いたところで、 「あ……」 「どうした?」 それまで慌ただしく動いていた美琴の動きがピタリと止まった。 ドアの方を向いたままピクリとも動かない。 「おい、大丈夫か?」 と、声をかけてみるも、彼女は石のように動かない。 一体なんなんだ、と上条が顔を覗き込もうと一歩すすんだ時。 「あ、あの!!」 美琴が勢いよく振り返った。 そしてそのまま間髪入れずに、こういった。 「りょ、料理は、ちゃんと作りに来るから!! また連絡するからちゃんと携帯持っておきなさいよ!!」 「え、おい、御坂……って行っちゃったよ。 てか早いな!!」 言い終わるや否や、美琴は猛ダッシュで上条の部屋を去って行った。 そして残された上条には、ほぼ一日ぶりの静寂が訪れる。 「なんか、静かだな……」 入り口のドアを閉め、完全に1人の状態。 そして上条はこの1日にあったことを改めて思い出していた。 急にタイムスリップして、美琴とベンチで寝ていたこと。 興味津々で5年後の街を2人で見て回ったこと。 ドキドキしながら5年後の自分を尾行したこと。 5年後の自分とその結婚相手である美琴に会ったころ。 2人が想像を絶するぐらいラブラブだったこと。 料理が美味しかったこと。 自分が美琴と2人で喫茶店を経営しているということ。 美琴が漏電しまくったこと。 そして、美琴に一緒にいたいと言われたこと、料理を作ると言ってくれたこと 大変だったこともあったが、全て楽しかった。 そして全てを振り返り終わった上条は、一言呟く。 「こんなの……意識するに決まってるよなぁ……」 上条と美琴の未来。 一度未来を見たものの、まだまだどうなるかはわからない。 それは今から2人の努力によって、作られていく―――――――― T H E E N D ! ! 前ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/上琴の奇妙な体験